3-22 ゲーム
「お姉ちゃんは本当に弱いなー……」
食堂の机の上に置かれた糸と平らなガラス玉を一瞥して、ルカヤは相対しているセフィにあきれたような視線を投げた。
退屈だと駄々をこねるルカヤに、家の中だけと条件を付け好きにさせていたがそれでも暇だったようだ。
家の中をうろつき回るルカヤを、遊びに誘ったのはケインだった。
食堂の机の上に、格子状の模様を描くように毛糸を置き簡易的な盤を作り、格子の中にガラス玉を交互に置いていくだけのゲームだ。
自分の駒を縦横斜め、いずれか5つ並べれば勝ち。相手の駒が並ぶのを阻止しながらも自分の駒を並べる。
ルールを知らない俺でも、眺めているだけですぐに理解ができた。
このゲーム、ルカヤは異様に強い。
ケインからいとも簡単に勝利をもぎ取ると、二人の勝負の行方をぼんやりと見ていたセフィにも勝負を挑み圧勝。そのまま二戦、三戦と勝負を重ねているがルカヤの圧倒的勝利が続いている。
「……もう一回」
再度負けたセフィがルカヤに向かってそう言ったのを見て、内心驚いた。ケインはあからさまに表情に出していたがセフィを止めるつもりはないようだ。すぐに表情を興味深そうな顔つきに切り替え、二人の勝負の様子を覗き込んだ。
「次はもうちょっと上手にできる……と思う」
「本当に?」
俺やケインには敬語で話すルカヤだが、セフィにはそうしない。年齢がそう離れていないせいなのか。
セフィも特に気にしてはいないようだった。
二人は交互にガラス玉を並べ始めた。
そんな彼らを見ている俺は、食堂の入り口に突っ立ってスープをすすっている状態だ。
食事をしていたらやってきた彼らにテーブルを譲れと強請られた結果だ。
久しぶりの温かい食事は美味いのに、わびしいのは気のせいではないだろう。
ケインからは「感染したらちゃんと看病はしてやる」と言われている。
そう口にするケインは諦観が漂っていたが、元気な子どもを長時間寝床を縛り付けておくのは無理がある。
「あ……」
「はい、オレの勝ち」
セフィがかすかに声を漏らすのと同時に、ルカヤの勝利宣言が部屋の中に響き渡った。
敗者であるセフィは少しの間じっと机を見下ろしていたが、一度小さく頷いて盤面のガラス玉を回収した。
「もう一回」
「お姉ちゃんって負けず嫌い? 今度もオレが勝つから別にいいけど」
ルカヤはセフィからガラス玉を受け取ると、迷わずその一つを机の上に置いた。
セフィは指でガラス玉をつまんだまま動かない。数秒間そのまま盤面を眺めてから首をひねり、ようやくセフィはガラス玉を置いた。
次々と駒を並べていたこれまでの勝負とは打って変わって、かなり慎重である。
ルカヤも少しだけ考えているようで、数秒待ってから自分の駒を置く。
自分の攻め方と同時に相手の考えを読まねばならない。
考えれば考えるほどわからなくなるのだろう。先ほどまで笑顔だったルカヤも難しい顔をして眉間にしわを寄せている。
セフィは相変わらず無表情だが。
「お姉ちゃん、何考えてんの?」
「ルカヤに勝つ方法」
淡々と答えるセフィにルカヤが呻き声を上げる。
盤面はお互いに拮抗している、といったところか。
セフィが本気を出している――というより、もしかしたらルカヤ重圧をかけ、ペースを乱そうとしているのかもしれない。戦略的なものであるとすれば、ルカヤはまさにその術中にはまっているようにも見える。
勝負強さで言えばルカヤに分があるが、戦略的にはセフィの方が強いのか。
「……」
「……」
しばらく二人はゆっくりと考えつつ駒を置き合っていたが、そのうち手が止まり、机に突っ伏して静かになった。
寝入ってしまったようだった。
「……二人そろって寝落ちって、ガキかよ」
そんな二人を見て、ケインは苦笑を漏らす。
「疲れたんだろ」
「ま、そうだよな」
ルカヤも起きたばかりだ。体力は有り余っているようでまだ本調子ではないのだろう。
俺に頷きつつケインはルカヤを担ぎあげた。
「俺はルカヤを寝かせてくるからセフィ任せていいか? そいつ抱えて二階に上がるのは俺にはちょっと無理」
「わかった」
セフィもずっとルカヤに付き添っていたからゆっくり休ませてやればいいだろう。
ケインが食堂を出ていくのを見送って、階上へ向かう。
さすがに俺が使っていたそのままをセフィに使わせるのはしのびないと、使用済みのシーツを手早く取り換えた。
再び食堂に戻れば、セフィはまだ眠ったままだ。
無断で触れ目を潰されそうになったことを思い出し、顔を寄せセフィに声をかけた。
「セフィ」
声をかけても返事はない。
すっかり寝入っているのを確認して、恐る恐る抱き上げてみたが身じろぎすらしない。
少しだけ安堵してそのまま階段を上る。
以前背負った時にも思ったが、セフィは子供といえるほど体は小さくない。
つい子どものように接してしまっているが、年頃の娘でもあるのだなと、そんなことをふと考える。
欠けているものを取り戻したら、本当の彼女を取り戻したら、この娘は一体どんな娘なんだろうなと少しだけ興味がわいた。
だからというわけではないが、生きればいいと思う。
生きていいのかと悩むセフィに何も言えなかったが、迷わずに言ってやればよかったのかもしれない。




