3-18 隠しごと
「……なんでこんなところに」
繁華街の中にあるこじんまりとした酒場だ。
ケインに誘われるまま入店したが、本当にわけがわからない。
店内のいたるところに置かれている調度品は質の良いもので、また床や並んで座っているテーブルも石づくりの立派なものであるところから高級な店であることがうかがえる。
シャツ一枚という適当な恰好をしている俺たちは完全に場違いともいえた。
「坊やたち、何飲む?」
カウンターの中から俺たちに訪ねてくる化粧が濃い女もまた場違いな雰囲気で、一層居心地の悪い思いが募る。
「あのー、俺らこういうとこはじめてでー、全然わかんないんでオススメで!」
人懐っこい、そして若者らしさを装ってケインが女に答えれば、女は小ばかにしたように鼻で笑ってグラス棚のほうへと足を向けた。
その態度はないだろうと呆れてしまう。あれが店主なのか。
「いやー、ヒューが嫌がるから渋い店の方を選んでみたんだけどな」
「嫌がるって……」
あれか、この間言っていた女性に囲まれるという店のことだろう。
確かにそういう類の店は避けたいが、敢えて言うならこっちも嫌だ。
「俺としては癒されたかったんだけどさー」
「……虚しくないのか」
ちやほやされたって店にいるだけのもので、外に出れば他人でしかない。
「楽でいいだろ。特定の女って面倒くさいし」
さっきの人懐っこい姿を見せたのと同じ人間から出たとは思えないセリフに一瞬驚いたが、すぐになんとなく納得した。
こいつは親しげに近づいてくるくせに、どこか一線引いた付き合いをしているように見える。
例外はセフィだ。妹に対する態度とそれ以外のそれと微妙に違うことを薄々感づいてはいた。
「それは公言するなよ」
「ヒュー以外には言うわけないだろ。セフィにも内緒な」
そういえば今日はセフィからも内緒だと言われたな、とそんなことを思い出した。
お互いに言いづらいことを吐き出すのにちょうどいい位置に俺がいるのかもしれない。
便利に扱ってくれるなら別にそれはそれで文句を言うつもりもない。
「これ飲んでさっさと帰んな、ガキ」
飲み物をもって戻ってきた女が、ありえないような暴言を吐いて、すぐに別のカウンター客のほうへと去っていく。
「うわー、あの年増最悪だな」
「言うな」
聞かれていたら追い出されても文句は言えない。
ケインは意にも介さない様子でグラスをひったくるように手にしてその中身を一口飲みこんだ。
「なんだこれ、ジュースじゃん。ガキ扱いかよ、ババ――」
「やめろ」
強い口調でケインの暴言を止めて俺もグラスの中身一口飲んでみる。確かにジュースだ。アルコールではない。
完全に馬鹿にされているのがわかるが、苛立ちをあの女にぶつけたら店を追い出されるだろう。
しかもこれは多分だが、高額の支払いを要求されるパターンな気がする。出がけに感じた嫌な予感はこれか?
「……あーあ、ホント店移動したい」
「なんでここを選んだ?」
「あー」
グラスを傾けてちびちび中身を喉に流し込みつつ、ケインは俺を一瞥した。そして店内を見回してグラスから口を離し小さく息を吐いた。
「あの女、イリーとルカヤの主人の愛人。ここのパトロンがその主人」
「は?」
「主人って奴はこの町で一番大きな商家で、まあ酒場もいくつか経営してるらしいんだけど、愛人のとこなら顔出すだろ、多分。一度顔を拝んでおきたいなって思ってさ」
どうやってそんな情報を入手してくるのだろう。
半ば呆れてケインを見やる。
「顔を見るだけか」
「ここで何かを起こす気はないな」
それならいいんだが。
「まあ、ちょっと危なくなってもヒューがいるから大丈夫だろ」
「それで連れてきたのか」
「それもある」
他にも意図が?
目線で問いかけてやれば、いつもの笑みだ。
人好きするような笑みだが、先ほどの発言を聞いて、そればかりではないことはもう知っている。
「いい奴だからさ、まあ、ゆっくり語り合うのもいいかなって。俺、あんまり踏み込んだ話ってしねーし」
「……」
踏み込んだ話をしないというのは砂漠の民だから、というのもあるのだろうか。
「秘密主義か」
「や、そんなことはないんだけどさ。俺、あんまり人も物も信じないからさ。その割には信じろとか簡単に言っちまうんだけど」
そういえばイリーにもセフィにも言っていたな、「信じろよ」と。
「けど、信じてもいい奴もいるし、信じれば結構自分の負担が減るっていうかさ」
「疑い続けるのは疲れるしな」
信じてしまった方が楽というのはよくわかった。
だがなかなか信じることはできないようになっているらしい。
「あの時、あの場で声をかけてよかったってそう言いたかったんだよ、そんだけ」
それは――と俺が口にする前に、店の入口から入ってきた人物にカウンターの中にいた女が慌てて駆け寄っていくのが見えた。
上客でも来たのだろうか。
「多分、来たな」
「来た? ああ、例の」
イリーとルカヤの主人という人物か。
横目で伺えば、女に腕を引かれて満更でもなさそうな顔をしている壮年の男の姿が目に入った。
商人か。恰幅がいいイメージだったが、中背のやせぎす、しかし目はぎらつきは商売人独特のもののように思う。少しばかり目つきが悪い。
「物語なら悪人って感じか」
「発熱した人間を破棄するような人間が善人であってたまるか」
きっぱりと答えればケインはなぜか嬉しそうに笑った。
「だよな」




