3-17 戦いだから、応援したい
俺が別室に隔離されて一晩。
朝になってルカヤの様子を部屋の入口で尋ねれば、どうにか命はつながったようだ。
だが相変わらず熱は下がっていない。
「予断を許さない状態なのはかわらないけど、たぶん大丈夫って感じがする」
疲労感を漂わせた顔つきで、ケインは平坦に告げた。
あまり眠れていないようだ。
部屋の中を覗けば、セフィがルカヤの横に顔を突っ伏している。眠っているらしい。夜通し看病していたのだ、疲れも相当なのだろう。
「イリーが来ても、入れるのは部屋の入口までだな」
「ああ」
頷くと、ケインは後ろを振り返り、ルカヤとセフィの方へと視線を向けた。
「それと、頼みがあって」
「頼み?」
「夕方ちょっと出かけたい。ちょっと付き合ってくれないか?」
「……ああ」
俺もつられるようにルカヤたちを見てから頷いた。
二人だけ残していくは少し心配ではあるが、あまり遅くならなければいいだろう。
イリーは朝のうちに尋ねて来た。
中に入れないことを告げると、ドアの外側から背伸びして何とかルカヤの姿をしばらく眺めてから、ややあって顔を引っ込める。
「もう行かないと、怒られちゃう」
それだけ言って、硬い表情のままそそくさと退散していった。
ケインはイリーを見送った後「仮眠をとる」と別室のほうへと向かい、目を覚ましたセフィは、ルカヤを着替えさせたかと思えば、台所へ行って煮沸消毒をしたりとせわしなく働いている。
「何か手伝えることはあるか?」
完全に手持無沙汰である。
タオルを手に部屋を出てきたセフィに問いかけると、セフィはすぐにその手に持っていたタオルを差し出してきた。
「干して、もらってもいいですか」
「わかった」
鍋で煮沸した後なのか、まだ熱が残っているそれらを受け取って物干しがある外へ向かおうと玄関へと向かう。
足を踏み出そうとしたその時、セフィが遠慮がちに続けてきた。
「あと、水汲みをお願いします」
「ああ」
振り返り頷いて、再度セフィを見ればケイン同様疲れ果ているように見えた。
「ルカヤは寝てるんだろ、もう少し寝てもいいんじゃないか」
「朝方少し眠れたので、大丈夫です」
『大丈夫』と言う言葉に力はなく、信用度が低い。
「熱が下がるまでは、戦いなので」
だが、弱弱しくもセフィはきっぱりとそう言い切った。
戦い、か。
か細い印象から飛び出て来た意外な言葉に、正直面食らった。
俺も戦うために生きてきたところがあるから、まずは勝つことを考える思考の癖がある。
セフィもそういうところがあるのかもしれない。
「あの子の戦いです。応援したいから、まだ頑張れます」
「そう、だな」
周りが何をどう頑張っても、結局はルカヤ自身の戦いなのか。
あまり寝ていないし、恐らく食べてもいないのだろう。セフィの顔色は悪い。
「食事は?」
「た、……食べます。今から」
あまり触れてほしくなかったようで、バツが悪そうにセフィは俯いた。
食欲がなければ無理やり食べさせるわけにもいかないが、それでも何かしら口にすべきなのだろう。
何か食べやすいものでも購入してきた方がいいのだろか、セフィに提案しようとしたところで、セフィのぼんやりとした目が俺を見た。
「わから、なくて……」
ぽつり、と漏らすセフィに、問いかけようとした言葉を飲み込む。
一体何を? と、問い返そうとしたところで、セフィは続きを口にした。
「……このまま、生きて、生き延びてもいいのか、わからなくて……」
理解ができないのは、なぜそんなことを考えているのか、だ。
セフィの表情からは何も読み取れない。
余りに突拍子もない発想だ。
セフィの真意を何とか読み取ろうとしていると、頭にひらめくものがあった。
「それは、フィルツが崩壊したからか」
「何も、できなくて」
あの光景が頭の中に浮かび、俺は呻きそうになるの奥歯を噛みしめて耐えた。
俺が生きているのに、なぜディノがいないのか。そう俺を責めたのはアイリだ。
あれが――<虫>が発生したのは、俺がディノを守れなかったから。誰の責任なのか、といえばそれはひとえに俺の所為だ。
セフィの責任ではない。誰もセフィを責められないだろう。
――セフィを胸中で擁護していると、「ああ、そうか」と不意に腑に落ちた。誰でもなくセフィがセフィ自身を責めているのか。
自分からの叱責は、外から何を言われたところで消えることはない。俺も同じだ。
「誰も、助けられなかった、んです……」
あの<虫>が広がった一瞬で、俺が生き延びたことすら奇跡に近いのに、気に病むことなのないのに。
そう言いたいが、俺が言ってやったところできっとセフィは納得することはないのだろう。
「それを、ケインが聞いたら泣くぞ」
「それは、内緒で、お願いします」
敢えて話をずらすと、セフィは少し戸惑った様子で首を小さく横に振った。
ケインも知っているんだろうなと思ったが、意外な返答である。
「……でも今は、あの子を助けたいから、ちゃんと食べます」
それがわかっているのなら、と、俺からはこれ以上は言うことはなかった。
生きていていいのかの問いかけの答えは「いいに決まっている」なのはわかりきっているのに。
そんなことを疑問に思ってほしくはないのに。
夕方、ルカヤの熱は微熱程度まで下がったらしい。
まだ意識は戻っていないがとりあえず山は越えたといえる。
「……ほんっと、よかった」
俺に告げた後、かみしめたようにつぶやくケインは今にも泣きだしそうな雰囲気で。
玄関先で騒いでいる俺たち――主にケインだが――の様子にセフィが看病部屋から不審そうな雰囲気で顔を出した。
「よかったぁ!」
ついには叫び声を上げたケインを、セフィはしばらくじっと見ていたが、そのうち顔を引っ込め部屋に戻っていった。できればこの興奮した兄を止めて欲しいところだが彼女にそれを求めるのも酷かもしれない。
「ケイン」
「……ああ、出かけるか? あ、けどその前に済ませておきたいことがあってさ、大通りの分岐んとこで落ち合う形でいいか?」
済ませておきたいこと?
何を? と疑問には思ったがあえて聞くようなことでもないかと判断し聞き流すことにした。
頷いて了承の意を伝える。
「セフィ、ちょっと行ってくる。誰か来ても絶対開けるなよ! ルカヤを頼む」
セフィに向かってその場で呼びかけると、セフィは再び部屋の出入り口から顔をのぞかせた。
「いってらっしゃい」
そして上機嫌な様子のケインをじっと見て何を考えたのかわからないが無表情のまま視線を下に落とした。
「……気を付けて」
「心配すんなよ。ルカヤは絶対元気になるし、全部うまく行く」
「無理は」
「わかってる。信じろよ」
ケインに強く言い切られればセフィも何も言えないらしい。そのまま玄関を出ていくケインを見送って、今度は俺に視線を向けた。
「ごめんなさい。ケインのこと、お願いします」
純粋に兄を案ずる、というよりは羽目を外さないか心配という雰囲気をにじませセフィは俺にそう言った。
護衛というよりはお目付け役に近いのかもしれない。
「……ああ」
「いってらっしゃい」
無機質な声に見送られて夕暮れの町へと繰り出した。
何となく胸がざわつくような嫌な予感を抱えたまま。




