3-14 兄の威厳
不意に、セフィにはあんなに食事面やらなにやら世話になっていたのに、謝礼どころか手土産の一つも贈ったことがなかったということに気がついた。
ドニの作ったパンと貰った焼き栗ぐらいしか渡してないから、全くお礼にもなってない。
好きな物、か。
そういえば、改めて考えてみると俺はセフィが好きなものを知らない。視線だけを動かして隣を見やる。ケインの好きな物も把握していない。
「あいつ、甘いものより塩辛いもんが好きなんだとさ。ほんっと可愛げねえ」
「塩辛いもの?」
意外だ。
女性は甘いものが好きというのは単なる思い込みだとわかっていたものの、少しだけ驚いた。
「塩辛い菓子って何だ?」
「塩炒りナッツとかサラミとか」
「……それは菓子というより、酒のつまみじゃないのか」
「って思うだろ。ほんっとに可愛くねえ」
と、苦笑いしている様子は見ていて微笑ましくもある。
好きだと本人が言うんだったら好きなだけ食べさせてやればいいだろう。
土産は戻る途中で購入することにして、先に食事だ。
屋台が立ち並んでいるエリアを通過してきてしまったのでひとまず戻ろうと踵を返した。
後ろを歩いていた小さな子どもが、方向転換をしたケインにぶつかってその場に尻もちをつく。
見れば粗末な布で作られた服に身を包んだ幼い少女だった。
ブルーロードを歩き、皮の首輪が付けられていることから、この少女の身分が奴隷階級であることを示している。
この辺りではあまり見たことのない赤い髪。
長い髪をひとまとめにして結っている。
そしてこちらを見ている怯えの色を称えた緑の目。
異国の出身なのだろうか。
ラグエドの一般的市民といえば、黒髪だったり茶色だったり全般的に暗い色だ。
そんな中にいれば目立つ。
「あ、ご、ごめん、なさい……」
少女は謝罪をすると目を伏せて立ち上がった。そしてもう一度頭を下げる。
「わざとじゃないんです!」
余程怖いのだろう。小刻みに震えながらももう一度頭を下げて、足早にその場を立ち去ろうとした。
が、少女が動くより早く、ケインがその手首を掴んで動きを制した。
「財布」
どうしようかと思っていたから、ケインが気づいてよかったというべきか。
あのぶつかった一瞬で、この娘、ケインの懐の財布を抜き取っていたのが見えていた。
「は……離せ!」
「まず財布を返せよ、お嬢ちゃん?」
「うるさい! 離せったら!」
先ほどの弱弱しい様子もどこへやら、少女はケインの手を振りほどこうと腕を引っ張るがケインはびくともしない。体格差だ。
「出せよ、金を持ってたところで使えないだろ、そのなりじゃ」
「うるさいうるさい! はやくはなせ!!」
「こんなことしたのが主人にバレたらやべーことになるだろ? なかったことにしてやるから財布返しとけ」
「嫌だ! 絶対嫌! あたしは兄ちゃんを助けるんだ!」
「痛って」
少女に指を噛みつかれたが、ケインはその手を離さなかった。
「兄ちゃん? お嬢ちゃんの?」
「お前には関係ない!」
「……ん~、関係ないっちゃ関係ないんだけどな、一応俺も『兄ちゃん』なんだよな」
ケインは少し考えてそう言ったが、多分その少女には伝わらないと思う。
スリなど放っておけばいいと切り捨てられるほど俺も冷淡にはなれない。ケインの様子を見守るだけだ。
「話してみろよ。何かできるかもしれないし」
「……どうせ、そんなこと言ってあのクソ主人のところに突っ返すんだろ!」
「しねーよ、そんなの何の得にもならないだろ」
首を横に振って、ケインは空いている方の手を少女に差し出した。
「信じろよ。あ、俺、ケインっつーんだ、こっちの怖いおにーさんはヒュー。お嬢ちゃんは?」
「……イ、イリー……」
少女は名乗りながらも、恐る恐るケインの手に財布を手渡した。
まだ完全には信用していないとケインを見上げる視線で訴えている。
――どうでもいいが、俺は怖いのか。そうか。
「ああ、ありがとな。返してくれて」
イリーから返却された財布をしまい込んで、ケインは手を離しイリーを開放した。
いいのか、と思ったがイリーは逃げるつもりはないらしい。
「兄ちゃんが死んじゃうかもしれない……」
「死ぬ?」
何だか物騒な話になりそうだ。
イリーの口から飛び出した単語に、こっそりため息を漏らした。




