3-13 また移動
死の砂漠とはフィルツとラグエド南部にまたがって面している、広大な砂漠地帯のことを指す。
ケインの話では砂漠の民の都市の入口がフィルツから入った方が近いらしい。砂漠の中の移動は困難であるため、まずはフィルツに戻ってから砂漠へ向かうことになった。
再び馬車移動だ。
ネルイから国境方面に向かう馬車は、席のほとんどが埋まっていた。
飛び交う会話を無意識に拾ってしまう。
王子が異母兄に惨殺され、一夜によって滅んだフィルツ首都の話題だった。
市民が一人残らず消えた都市の話はまるで怪談話のようだ。
噂話を咎めるつもりもなく、内心で自嘲した。
噂話というのは足が速い。
内容の真偽はともかく、遠く離れたネルイで故郷の名を聞くことになるとは思わなかった。
今のフィルツはどうなっているのだろうか。ラグエドが占領に動いたりすような話は聞かなかったからあのまま、崩壊したままの状態で置かれているのだろうか。
首都が無くなった後、残された町や村はちゃんと生活が回っているのか。――考えても仕方がないのはわかっていた。
馬車を乗り換えれば、今度は乗客が俺たちだけだった。
街道沿いをひた走る馬車から流れる風景を見ていたら、そのうち俺も眠りに落ちていた。
フィルツにたどり着くまで、もう一度乗り換えをする必要があった。
だが、今日の移動はここまでだ。
「……一人で大丈夫……」
宿を取り、セフィをベッドに転がしたらそう言われ、ケインと共に半ば強引に部屋を追い出された。
「本当に大丈夫かー?」
と、ケインは首をかしげるが、つい先日の小刀の切っ先が真っすぐに目を狙ってきた瞬間を思い出し、間違いなく大丈夫だろうとは思った。が、口には出さない。
ちょっとした暴漢ぐらいなら余裕で蹴散らしそうな、いや多分この想像はあまりにも失礼かもしれない。絶対に口にはしない。
「ったく、ありゃ食事拒否だな」
移動中にあれこれと菓子やら果物やらケインによって無理やり食べさせられていたせいではないだろうか。
この町に到着する頃には、あの無表情でもうんざりとしていたのが伝わってきた。
「食べさせすぎだろ」
「足りねーよ。あんな量じゃ」
ここに来るまで<虫>の発生を止めたのは一回。
あの力を使うのにどれぐらい消費するか未知だが、あとはほとんど寝ていて体力を使うようなこともなかったように思う。そんな状態で休む間もなく食べさせられていたら空腹も何もないだろう。
「ふむ、さては色気づいたか?」
「そういうことを言うな」
冗談でも嫌われる言動だろう、それは。
「女はちょっと丸みを帯びているほうがいいって、なんでわかんねーかな」
ノーコメントだ。
聞こえないふりをしておく。
「そうだよなあ?」
「俺に振るな」
お前の好みを妹に押し付けるな。今のを聞かれていたら間違いなくさすがのセフィでも軽蔑するんじゃないだろうか。
そんなバカバカしい会話をしながらも街の中を歩く。
ここも道の端が青く塗られている。示し合わせたわけでもないのに、俺もケインも青色の地面を踏んでいた。
フィルツに近い街に比べ、ここは人の往来があった。
奴隷の道を歩く者はほとんどいない。それはここが表通りだからだろう。よっぽどのことがない限り、奴隷階級のものは裏通りを選んで歩く。
首都から離れているとはいえ、表通りには貴族が通る可能性もある。
貴族にとって奴隷など人でない扱いだ。何をされても文句を言うことすらできない。
ひどい目にあわされる可能性がある場所に誰が好き好んで出てくるだろうか。
ラグエドの身分差別は根深い。
国民にとって身分差はあって当然なものなので、奴隷の不当性すら気づくことはない。
ラグエドの一般市民からから見たフィルツは奴隷がいないとても不便な国とうつるのだと聞いたことがある。
物心ついたころには奴隷制度を廃止していたフィルツで育った俺からしてみると、奴隷制度こそおかしなものだと感じてしまう。
とは言え、貴族制度という身分制度はある国だ。身分に差があることは当然であるという認識はラグエド市民の意識と大きく変わるところはないのだろう。
身分制度そのものを疑問に思う者がいる、と知っているのは近くに身分制度を全面的に廃止しようとしていたディノがいたからで、貴族も平民もない、技術者の発言力が強いネルイを見てきたせいもある。
なんにせよ意識を変えるのは難しい。
武力蜂起のような大きな出来事が起こらない限り、この制度は延々と続く。
「俺の女の好みを白状したんだから、ヒューお前も語っとけよ」
「誰がするか」
「元カノ、どんなタイプだった?」
「聞くな」
傷を抉るな。と言いたかったが、言葉にならなかった。
あまり考えたくない。思い出したくない、そう考えている自分が情けなくもある。
「なるほどなるほど、行っとくか? おねーちゃんがいる店」
おっさんか!
同じようなことを言ってきた先輩の姿を思い出し、思わず言い出しそうになって飲み込んだ。
このペースに引き込まれるのだけは避けたい。
ちなみに先輩は夜の店に行ったことが思春期の娘にバレてしばらくの間口をきいてくれないと休憩中に嘆いたことを思い出す。
当時の先輩の娘は今のセフィと同い年ぐらいだったように思う。
父親と兄の違いはあるが、難しい年頃の娘が、そういう店に行く身内をどう思うのか想像してみろと言いたい。威厳も何もあったもんじゃない。
「えー、せっかくのチャンスを」
「酒もほとんど飲まない客をまともに相手すると思うか」
ただでさえ得体のしれない異国の人間だ。さらに金もそんなに落とさない。商売人だったら見向きもしないだろう。
「飲まないのか?」
「何が起こるかわからない状況じゃ無理だ」
「真面目ぇ~」
何も言えないのは、酔いが心地よい感覚であることも知っているから。で、飲みたくないと思うのは、酔いから逃れることができなくなったことがあるからに他ならない。
いつ剣を手にするかわからない状況では素面のままでいたい。
「仕方ねえなあ、菓子でも買って機嫌伺いでもしとこうかな」
「食べたくないと言っている相手に? 嫌がらせか」
「好きなもんなら食うだろ、多分」
適当過ぎる言葉に小さくため息をついてしまう。
以前、セフィはディノに言われて菓子を作っていた。アイリの土産用とか言ってたか。
自分好みの菓子を作ったのだろうか。
おいしかったんです、と珍しくはしゃいでいたアイリを思い出し、同時にずんと胸が重くなるような感覚に囚われる。
ただ思い出しただけなのに、自分の傷を深く抉っているような感覚だ。
これ以上はやめておこうと、自分の記憶に封をするように記憶の奥底に沈めることにする。触れることのないように。




