3-12 手が届く範囲すら
「それに、口にすんのは、まあ、恥ずかしいんだけど、お前、俺やセフィのこと結構気に入ってくれてんだろ、そういうことだろ?」
ケインは照れたように目を伏せた。
「……それは、まあ、そう……かも……」
俺も何だか照れくさくて目を伏せる。
このやりとりは何なんだ。
つまり、この二人も俺の持っているもの、ということに、なる、ってことなんだろうが。それを突き付けられるのは。
「つまり、さ、そうやって作っていくってことが大事ってこと! 以上」
唐突に話を切り上げ、ケインは手を振った。
なんとも言えず沈黙を返していれば、仕方ないなあとケインは更に続ける。
「ちっこい頃、救ってくれた人がいて、今の俺がいるじゃん」
一度咳払いをして、ケインは笑って俺を見た。
「だからさ、今の俺にできるのは、助けられて手に入れた俺の持っているものを持っていない誰かに与えたり、その誰かが何かを作るきっかけになることなんじゃないかって思うわけ」
「十分だろ」
心からそう思う。
言葉にこそしないが、こいつやセフィのお陰でかなり俺は救われているのだろう。それを自負してくれても構わない。
「いや、俺としてはまだまだなんだよな、これが」
「自分の手が直接届く範囲。確実に守れるのはそんな小さな範囲だけだ。――と生前父が言ってた」
「英雄が?」
「だから、確実を確実にしろ、と」
「……狭いな」
狭くても、それはとても難しいことだと今の俺は知っている。
守れなかったから。
「狭い範囲でも難しいんだよ。俺は確実にやれなかった」
それを口にすればケインは少しだけバツが悪そうに目を焚火に落として、首をひねった。
気遣いなのか、それについてケインがわざと触れないようにしていたのはわかっていた。
だから俺もこれ以上は言わない。
「あー、その、先生がさ、昔言ってたんだ、皆平等であることは危険なことだって。生き残るためにはある程度ばらつきが必要なんだよな。存続に関しては体質とかの類いだろうけど。身分の違いがそれにあたんのかね?」
ごまかす様に話をすり替えたことはわかったが、俺は沈黙を保ったまま、ただケインの話を聞く。
「つまり、なくてはならないもんだし、どうしようもないんだよな。でも仕方が無いで片付けて、何もしないのって嫌じゃん。皆幸せになりたいじゃん?」
早口でまくしたてるケインの言葉聞いて、こいつも色々考えているのだなと素直に感心した。
「ちなみに先生は、死だけは人に平等だ、とも言ってたんだ。誰にも必ず訪れるものなんだってさ」
「不死身じゃなかったのか」
「ロマンだろ」
はぐらかすように、だが楽しそうな口調で、ケインは俺が発した言葉に反応する。
「平等じゃなくっても、なるべく苦しまないで生きるってできないのかなって、考えてて。さっきの話、持っているものを増やす? 作る? のがそれの答えにならないかな」
「……」
無理だ、と切り捨てるのは簡単だ。
だがあまりにも真剣なケインの様子にそれを口にするのも憚られて沈黙を返す。
「あーあ、昔似たような話をセフィにした時はすっげえ目をキラキラさせて聞いてくれたのに、ムサい男相手に、どうしろと」
「悪かったな」
「……セフィなら絶対わかってくれんのに」
怒気をこめて言ってやったが、ケインは俺を無視するようにそう呟いた。
「お前たちは、兄妹なんだな?」
「まさか今気づいた? 確かにきちんと説明はしてなかったけどさ」
おどけた様子でケインは言って、いつものからかうような笑みを浮かべて続ける。
「市民権の申請書、同じ家名が書いてあったのに気づかなかった? ディノ様なんて一目で見抜いたぞ?」
ディノはああ見えて観察眼が鋭い。鋭くなければ生き伸びられない環境にいたから当然といえば当然。
俺も市民権の申請書のことは気づいてはいた。
「夫婦なのかと」
「やめろよ、こんなガサツな女、娶るわけねーよ」
「さすがに酷いだろ、それは」
「妹じゃなきゃ、面倒なんかみてないし」
その発言もいろいろと問題がありそうな気がするが、あえて口をはさむのはやめた。
よくよく見てみれば二人とも同じような色合いだ。いや、血は繋がっていないから似ていなくてもおかしくない。
だが、似ているし、確かに二人とも家族のような距離感だとは感じていた。
――今まで気づかなった俺が鈍いのか。
「とはいえ、妹が欲しいなら俺を倒してからにしろっていうのは、いつか絶対やる!」
とんだ兄バカ宣言だな。簡単に返り討ちに合いそうだとは言わないでおいてやる。
やや雑な扱いに、先ほどの言葉、可愛がっているのか、なんなのか。
いや、ある意味全部「かわいがり」なんだろうすべてが。
ケインにとって残ったものは、家族だったのか。
今にも崩れ落ちそうなセフィだけが手の中に残ったもの。
「それでまあ、ネルイに戻った後のことなんだけど」
と、ケインは真顔に戻って、再び話題を変えた。
冗談はおしまいと言わんばかりの態度に、俺もそのつもりで言葉の続きを待つ。
「死の砂漠に――砂漠の民の都市に一度行ってみようと思ってる」
「砂漠の民の、都市?」
都市と、そういえば何回かケインは言っていたように思うが、そんな大規模なものが死の砂漠にあるのか。
「何かあやふやなセフィの説明とか、あのシステムの話から言って、フィルツみたいになっちまってるみたいなんだけどさ、それを見てないから実感がないっつーか。見ておきたいんだ。自分の目で。両親が、下の妹が、どうなったのか」
「下の妹?」
「セフィの下にもう一人妹がいるんだよ、あいつ、は、……なんか、ひょっこり出て来そうで……そんなこと、ありえないって思ってるんだけど、さ」
不意に、崩壊したフィルツで生きている者がいると信じて走りまわった時の感情が蘇った。
ケインが抱いているのは、あの時の俺が抱いていたのと似たような感情なのだろう。
自分の目で見るまでは信じない、信じられない、そんな気持ちだ。
それが大事なものであらば大事であるほど、強い。
「大丈夫、馬鹿げた期待だってわかってる。あそこに行けば何かわかることあるかもしれない。また少し離れたとこに移動で申し訳ないとは思ってる」
「それは気にしなくていい。行こう」
〈虫〉が封じられていた土地だ。ケインの言う通り何かわかることもあるかもしれない。
もしかしたら、わずかな可能性でケインの希望が叶うのかもしれない。
いずれにせよ行ってみなければ何もわからないままだ。
「……ありがとう。本当に……」
安心したように、苦痛を堪えるように、ケインは長い吐息とともに吐き出して、下を向いた。
そしてしばらくそのまま顔をあげることはなかった。




