3-11 持てる者、持たざる者
「ま、それはさておいて」
吐き出されたケインの本音に、返す言葉もなく黙りこんでしまえば、ケインは打って変わってたように明るい口調で話題を転換してきた。
面食らってしまい、「え」と口に出すこともできない。
ノリについていけない。内心狼狽えたがそれを表に出さないようにするだけで精一杯だ。
「最近よく考えてることがあってさ」
「考えている、こと?」
ようやく言葉を挟むことができた。
話の転換も唐突だし、話題も唐突すぎる。
「お前の幼馴染? が言ってただろ、『自分はお前と違って何もない』みたいなこと」
「あ、ああ」
アルヴァーか。
あいつのことを考えるとやり場のない感情に支配されそうになる。
多分これは一生続くのだろう。
家柄とか血統とか、才能とか、生まれつき持っているものがないと言い切っていたあいつ。
努力をしても追いつけないと、あいつはその不足しているものを他所から奪うことで補ったと言っていた。短絡的で愚かだと見下してしまえればいいのに。
「ヒューを見てて、本当に『持っている者』には見えなかったからさ、あいつ的外れなこと言ってんなって思って」
「……」
「お前の人生と俺の人生を入れ替えてやるって言われても断固拒否するぞ。ハードすぎる」
そういう言い方をされるのは何となく微妙だ。
「お前のこと羨ましいなんて思わないし」
「幼いころの印象をずっと引きずってただけだろ」
貴族の家の子という響きで抱くイメージからくるものなんだと思う。
とは言え、俺も幼少時代そんなに恵まれていたわけじゃない。
あの無駄に広い家で一人で過ごす時間は長かった。父親も母親も仕事に追われていた。
道場の稽古が終わった後、アルヴァーは両親のどちらかが必ず迎えにきていて、それが羨ましくて仕方なかった。
羨望が恨みに変わらなかったのは、そういう感情を抱きそうな時には必ずといっていいほど、師匠や大魔王に特別特訓メニューを課せられて、それどころじゃなかったというか。
「俺、奴隷だったって言ったろ。でも、奴隷だったころの記憶が曖昧っつーか全然覚えてないんだ」
「……」
壮絶な出来事の連続だったんだろうな、なんて明るく言ってくるケインにかける言葉は見つからない。
「もしその当時の記憶があったら、ヒューの持っているものが羨ましく感じたのかもしれないな、とは思うけどさ」
「そういうものか?」
俺が、もし奴隷として生を受けて、今の俺に成り代わりたいかと聞かれたらどう思うのだろう。
人扱いはされているから、奴隷の自分よりは恵まれている?
だが面倒なことも多く、すべてを失うことになる生き方なんて――。
「ヒューは例え奴隷に生まれても、人様の人生なんて欲しくないって言いそうだよな」
「そんなのわからないだろ。あいつみたいに欲しがるかもしれない」
「そういうことがさらっと言えんの、ちょっとずるくね?」
「想像力が働かないだけだ」
恐らくそういうことだと思う。
俺だってできれば「欲しくない」と潔く言い切りたい気持ちはある。だが他所から自分を見てどう思うかなんて、全然想像がつかなかった。
「そういえばラグエドの奴隷だったのに、どうやって砂漠の民になったんだ」
今度は俺がケインに問いかけてやる。
「ああ、奴隷だったころの記憶がなくって具体的に何されたかとか説明できないのが残念なんだけど、奴隷の時のご主人ってやつが最低なブタ野郎だった――らしくて、命の危険を覚えた俺の父親……本当の父親かどうかも怪しい人が俺を連れてお屋敷から逃げ出したらしいんだよな。後から聞いた話だと、本当はフィルツに逃げようとしたらしい。英雄に憧れがあって」
数は多くないものの、そうやって逃げてきた奴隷に市民権を発行したこともあるという話だけは聞いたことがある。
父親の人気具合については、あまり考えないでおこう。子としてはいたたまれなさに似た落ち着かない気持ちになってしまう。
「でも、逃げたのがブタ野郎にバレて、死の砂漠へと追いやられたんだって。何もない砂漠をさ迷って、死にそうになりながらたどり着いたのが、砂漠の民の街」
<虫>が封印されていた場所か。
「運よくたどり着いた俺たちを助けてくれたのがセフィの両親でさ。父親らしき人は無理がたたってそのあとすぐに死んじまって、セフィの両親に本当の子どものように育てられたんだ。何にもなかったのに、一気に両親ができた。あー、生まれたばっかのセフィもいたっけな」
話の内容にもかかわらずケインの口調は明るくて軽い。
こいつはそうやって砂漠の民の子になったのか。
「何にもなかった俺にも、家族ってものができて、大事なものができてさ。今は<虫>に全部食い荒らされて、それなりに不幸かもしれない。でも、さ、俺、ちゃんと守らなきゃいけないものもまだ持っているわけ。だから生きたいって思えている」
「持っている、か」
「持ってなかった人間でも持てるようになったんだよ。家柄とか血筋とかじゃなくて、大事なもんが。あ、違うか。作れたって方が正しいかも。自分で作ってく。俺いい線いってない?」
なんの線だよ、とはわざわざ言うまい。
「行ってるかもな」
「な? だからさ、さっきの話、あの幼馴染の言葉ってやっぱり違和感があって。持っていないことが不幸じゃなくって、作れないことが不幸なんだって」
「……そう、かもな……」
そうだ、たぶんケインの言うことも正しい。
不幸なのは作れないことと、あとは、気づけないことだ。
話をしていて俺もようやく気づいた。
俺にも俺を正してくれた師匠たちがいた。友人たちもいた。父も教えは残してくれたし、母もなんだかんだとずっと見守っていてくれていた。
全部失ったが、教えてくれたこと、もらったものはまだある。
そしてそれを取り戻せる希望がこの手の中にある。




