3-10 準備のない野営
野営訓練は、そういうのが好きな人間が上の方にいたせいか、何度もさせられていて、野営することにはそこまで抵抗はない。
落ちている枝を集めてきて、積み上げる。その上に細かい小枝や枯葉などを適当に散らして準備は完了だ。
「火、つけるぞ」
着ていた薄手の外套を脱いで地面の上に広げ、セフィをその上に横たえた後、ケインがそう言って積み上げた小枝にさっと火をともした。
一瞬で火が付いた? よく見えなかったが便利なそんな便利な道具があるのか。
感心しながらも火の様子を観察していれば、無事に枝にも火が付いたようだった。
上着を脱いだせいで少し肌寒いのかケインは真っ先に身を竦ませながら焚火の前を陣取るように座りこんで火に手をかざしている。
完全に暗くなる前にもう少し薪代わりの枝を集めておいた方が良さそうだ。
ケインに火を任せて周囲の様子見も兼ね再び辺りの散策にでかけた。
ある程度薪に良さそうな枝を拾って火の近くに戻ると、俺も焚火の前に腰を下ろす。
引火しない場所に拾ってきた追加の枝木を置く。これだけあれば朝まで大丈夫だろう。
火があれば獣の類は寄ってこないとは思うが。
さっと辺りを見回せば、ケインはぼーっとして焚火を眺めているし、セフィは寝転がったまま。
辺りはだいぶ暗くなってきた。焚火が周囲の木々をぼんやりと暖色に染めている。夜になる前に火がついてとりあえずは安心してもいいだろう。
革製の水筒を出して中の水を口に含んでゆっくりと喉に流し込んで潤す。
少し高価だが、ネルイで鉄製の水筒を購入しておくべきだったかもしれない。そのまま火にくべて水の煮沸ができるのは大きい。戻ったら買っておくべきか。
「野宿するときはたいてい木の上で寝てたから、地上で過ごせるだけマシだな」
「そうだな」
ちなみに木の上で眠る訓練もやったことがある。
なんのための訓練なのか、正直今まで理解していなかったが、今役に立っているのが皮肉なのか幸運なのか。
「なあ、ヒュー、もし俺が死んだらセフィのこと頼むな」
セフィに視線を向けながら、そんなことを言ってきたケインに、もう一口、と口に含んだ水を吹き出しそうになった。
突然何を? どういう意図で?
視線を向ければ、相対するケインは真剣な面持ちである。
何とか咽返らず済んだことに内心安堵しつつ、じっと彼の顔を見返した。
「……ああ」
「つーか、そこは笑って流すべきだろー?」
ああ、やっぱり冗談だったか。
笑える類いのものではないが。
「まあヒューみたいな真面目な奴には通じるようなジョークじゃないだろーなーとは思ってたけど」
だったら言うなよ、とは思うものの馬鹿馬鹿しくて言及する気にすらならない。
一瞬本気で対応してしまった俺が一番馬鹿だけれど。
「俺、死ぬ気ないしなー」
「不死身宣言か」
「お、いいね。ロマンだな」
冗談のつもりが普通に受け取られてしまった。
冗談が通じないっていうのは、こういうむなしい感じなんだな。よくわかった。
「永遠に生き続けたら世界中を見て回れるんだろうし」
考古学者に弟子入りするほどだから、行ってみたいところが多いのだろう。
ケインの声音は明るい。
「今は閉ざされるっていう大陸の外にだって、いつか行けんのかな。そういう見たいものがたくさんあるうちは死ねないだろ。だから死なない」
とんだ理屈だが、そういう意思は大事なような気がした。
俺みたいに生きてるんだか死んでいるんだかよくわからない所にいるよりはきっと。
「セフィは、もう一度笑えんのかな。こいつが笑ってりゃ、なんとでもなるような気がするんだよ」
惚気かよ。
だが、口を挟むほど俺も野暮ではなく、黙ってケインの話を聞いてやる。
「こいつが全部を取り戻すことができるんだったら、それはちゃんと見届けたいって思ってる。――笑ってられるような状況じゃないのはわかってるんだけどさ。家族も友人も全部<虫>に食われちまってるし」
「……」
セフィがああなってしまった原因について、「魂が欠けている」とアイリもあのシステムも言っていた。
アイリは「取り戻せる」と言い切っていた。だからいつかは取り戻せるのか。
それを俺はまだセフィに伝えられていない。
「けど、あれだな、大丈夫だな。セフィは強い子だからな」
「強いか?」
「使命だか何だかわかんねーけどさ、あの<虫>を何とかするために、力温存してるっぽい」
「力を温存?」
それをコントロールできるものなのか。
いやむしろ、なんでそんなことをする?
「ああ。多分な。意志なんだか意地なんだか、よくわかんねーけどさ。……だから〈虫〉が出てきた時以外のほとんど寝ているし、起きててもやたらとぼけーっとしてるし」
そういえばケインに起きていて欲しいと言われれば眠らずに起きている時間が長かった。――今は〈虫〉の出現のせいでまた眠りについてしまっているが。
ある程度意識を自分で制御できるってことか。全く感情が窺えないと感じているのは、本人が敢えてそうしている、と?
「――見てて、つらい」
ケインが小さくこぼしたのは、まさしくケイン自身の本音なのだろう。
俺も、セフィの姿に痛々しいと思わずにはいられなかったからその気持ちはよくわかった。
確かに<虫>は脅威だ。発生したら全てを消滅させていく。おそらくそこに「意思」はないように見えた。
自動的に周囲にあるものすべてを食らいつくし消し去っていくもの。
存在していてはならないものをたたかねばならないという焦燥感は俺にもある。
また失ってしまうことは避けたい。二度とあんなものを見たくはない。
だが、それを少女一人が背負うにはあまりに重すぎるだろう。
ケインは「セフィならやる」と言ってたが、こんな自己犠牲にも近い方法だなんて。
何も言えず、沈黙が辺りを支配した。




