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3-9 やらかし

 疲労困憊といった様子で恩師の元へ駆け寄っていくケインを見送って、丁度よい大きさの木の陰に入るとセフィを背中から下ろした。

 木の幹に背中を寄りかかるようにセフィを座らせる。

 規則正しい呼吸を繰り返している様に、安堵して自然にため息が漏れた。

 

 セフィとケインの両者が目に届く位置を、と考えとりあえずセフィの正面に立った。

 ケインは師と話し込んでいる様子で、まだまだ長くかかりそうだ。

 正面のセフィは深い眠りに落ちているせいか微動だにしない。かすかに漏れる呼気がなければ、精巧な人形かと思うほど生気がない。


 ふと、上から糸で垂れ下がってきた幼虫のような虫、がセフィの頭上に着地した。

 近寄って確認すると、緑色をしたシャクトリムシの幼虫が見えた。

 コミカルな屈曲と直伸を繰り返す動きで、素早くセフィの頭上を移動している。

 毒がある虫ではないが、不快に感じるかもしれないとほぼ無意識に振りはらおうと手を伸ばした。

 

 セフィの髪に指が触れた瞬間だった。

 正面から鋭い突き刺さるような殺気を覚えるのと同時に、俺の目に向かって勢いよく刃が飛び出してきた。

 反射的に半身を捻り刃を躱して、その刃――小刀を持つ手首を掴んで動きを封じる。


 咄嗟に反応できたからよかったものの、少しでも反応が遅ければ目が潰されるところだった。

 一気に高まった動悸を落ち着かせようと、深く息を吐いた。

 掴んでいる手首から辿って、セフィの顔を見やると、あのぼんやりとした目と視線がぶつかった。

 ――起きてた、のか……?


「……ごめんなさい」

「いや、俺も悪かった」


 先に謝らせてしまったことに慌て、俺も詫びる。

 恐らくセフィは自分に近寄ってきた気配に反射的に反応しただけなのだと思う。

 何も考えていなかったとはいえ、突然触れたのは俺だ。

 申し訳なさと気まずさが混ざりあい、セフィから視線をそらして掴んでいたセフィの手首を放した。

 何かを言わなければならない気もするが、言い訳をするのは違う。

 言葉を探して視線を地面に這わしている間に、セフィは腕をゆっくりと引っ込めて手にした小刀を鞘に納めた。


 あの一瞬で引き抜いて攻撃に転じたのか。

 躊躇いの無い素早さに、ぞわっと背筋に寒気がはしった。

 

「……頭に幼虫が」

「幼虫?」


 払おうとして掴んでいたそれをセフィに示すと、彼女はぼんやりとした視線を俺の手中の虫に移した。

 怯えたりはしていないようだ。ほんの少しだけ好奇心に似た感情がその目に灯る。

 ぐねぐねと俺の指の中で抵抗する幼虫を、セフィの差し出して来た手の平に乗せると、セフィは顔を寄せてそれを見た。

 

「……かわいい……」


 その感性についてはふれない方がいいだろう。

 

「……あの、ありがとう、ございます」


 セフィはお礼の言葉を口にすると、手の中のシャクトリムシをそうっと地面に移した。

 シャクトリムシが地面を移動するのをしばらく観察して目を閉じる。そして、そのまま寝入ってしまったようだった。

 

 はあ、と再び息を吐いて立ち上がる。

 凄まじい速度で地面を移動していくシャクトリムシを見てもう一度ため息を吐いた。

 ……完全にやらかした。

 女性にみだりに触れてはいけない、なんてわかっていたはずなのに。

 セフィはそこまで怒ってはいないようだったが、怒る以前の問題だ。

 次が起こらないようにしっかりこの教訓を心に刻んでおくべきだ。

 何より失明は避けたい。





 ケインはしばらく師と話をした後、何度もお辞儀をしてからこちらに戻ってきた。

 到着した直後よりは、少しだけ足取りが軽い。


「お待たせ。セフィは起きて――ないな」

「……」


 うっかり起こしてしまったことは、わざわざ報告する必要もない、か。

 何も言わずにセフィに視線を送る。

 先ほどのやり取りはなかったかのように寝入っている。


「……頑張る、か……」

「そんな遠い目をするぐらいなら下りも俺が背負うぞ。セフィ一人ぐらいだったらそんなに重荷じゃない」

「いっそ俺も背負ってってくれよ!」

「甘えるな」


 さすがに二人は無理だから、拒否するしかない。

 大げさにショックを受けたふりをするケインは放っておいて、セフィに近づいて行き、先ほどのようにしゃがみ込んで、今度は先に声をかけておくことにする。


「セフィ、行くぞ」


 目すら開けなかったが、セフィは両手を伸ばしてくると俺の首元にその手を回した。

 突然の行動に驚きつつもそのまま背負った立ち上がる。


「……ごめん、迷惑、かけて……」


 かすかに聞こえたその声は、多分俺とケインを間違えているのだとわかったが、俺は何も答えずに足を動かした。

 ケインと俺とでは体格も気配も違うのに、わからないほど判断力も低下しているのか。

 それほど力を使って消耗しているのだろうか。


「あーあ、行くか」

 

 だるそうにケインも歩き出す。



「発掘調査、パトロン探しもあんまりうまく行ってないみたいでさ、本格的に取り掛かるまで時間がかかるんだってさ。成果をだしてから売り込みに行くからってことで、今は先生一人で調査してるみたい。なんだろ、世の中不景気?」


 ずっと話しながら歩いていて疲れないのだろうか。

 ケインの話を聞くだけ聞いて俺は無言を貫いている。


「この辺は鉄鉱石が取れないらしくって全然人も通らないし。よく先生平気だよな。俺一人っきりで何日も過ごせって言われたら発狂するかも」


 ものすごく容易にその姿が想像できてしまった。

 ケインはまさしくそういうタイプだ。


「あ、でも好きな研究してられるんだったらいけるか? さすがに先生も、ある程度探して何にも出なかったらどっか別の場所に移動するかもって言ってたけど、どこに行くんだろうな」


 そんな適当な感じなのか。

 他の研究者との縄張り問題とかありそうな気がするんだが。


「しばらく先生の依頼はないし、次先生に会うにはどこにいるか探すところからだし、結構だるいなー」

「――ケイン」


 そろそろ時間だ。

 まだ話を続けたそうなケインに一応声をかける。ケインもわかっているとは思うが。


「そろそろ日が暮れる」

「……あー」


 考えないようにしてたのに、とでも言いたげにケインは嫌そうな声を出して一旦足を止めた。

 日が暮れる前にネルイの町に戻るつもりだったが、思わぬイレギュラーが発生してしまったのだ、仕方ないだろう。

 暗くなってからセフィを背負ったまま山道を歩くのは無謀でしかない。

 

「野宿、か」


 あまり歓迎できないと言いたげにケインが呟いたが、こればかりは仕方がない。

 暗くなる前に準備をしなければ難易度があがってしまう。

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