3-8 登山
まもなく夜がくる時間に登山は無理だという判断で、一晩休んでから出発することにした。
いつものように「食卓はみんなで囲むもの」というケインによって無理やりテーブルを囲まされる。
一日のほとんどを馬車で移動していたせいか、正直あまり空腹を感じていない。
白身魚を塩で焼いただけのシンプルな料理を食べる俺の向かいで、セフィが具のないスープにパンを浸したものを無理やり飲み込むように摂取している。
あまり食欲がなさそうだったが、横でケインが監視しているから食べざるを得ないのだろう。
本当に少量だが、食べないよりはマシか。
ケインはケインでセフィを監視しながらパンをかじっていた。
何とも微妙な食事を終えて宿へと向かう。
本日も三人同室だ。セフィが何も言わないから、俺があれこれ言うつもりはない。
少しだけ居心地の悪さはある。
剣を手にとり、寝る準備をしている二人に声をかけて俺は外に出た。
夜になっても明るい。電灯だと言ったか、火ではない灯りが道沿いに設置されていて町を照らしている。
製鉄のための炉は夜になっても火を消すことはないそうだ。
気温は相変わらず高い。
ラグエドの支配からほぼ抜けているこのネルイには、あの奴隷専用通路はない。
奴隷制度はわずかに残っているが、その数は多くないと聞いた。
宿の裏手に回り、薄暗い裏通りにやってきて、鞘に入ったままの剣を両手に取った。
一日ほぼ座っていてほとんど動いていない。
気まずいせいもあったが、それよりも眠れそうになかったので少し体を動かしておきたかった。
せめて素振りだけでも、と両手に持った剣を振り上げて振り下ろす。
鞘の分、いつもよりもほんの少し重いが、気になるほどでもない。
集中して真っ直ぐ振り上げて、振り下ろす。
「重心を意識しろ」に、と叱咤してくる師匠が脳裏に浮かんで、一度息を吸って、同じことを繰り返す。
何度か繰り返せば息が上がってきた。
素振りに合わせて、足を踏み込む。
だん、と音がなるほど足を踏み出せば、剣にこもる力具合が変わるのがわかった。
動きをつけてもぶれないように、力をコントロールしながらも、また同じ動きを繰り返す。
いくつかのパターンを何度となく繰り返して、一セットが終了。
このセットをもう一度始めから繰り返す。
三度繰り返し、終了することにした。
まだ疲れ足りない気がするが、眠れないこともないだろう。
部屋に戻ればセフィは既に眠っていてケインも半分以上眠っていた。
俺も早く寝た方が良さそうだ。
夜が明けて朝がくれば、登山だ。
山の勾配はなだらかで、登山道も整備されている。
急な階段には手すりもついていて落下防止のロープも張られているから、素人でも問題なく登れる山だと思う。
昨日に引き続き、珍しくセフィも起きていて自力で山を登っている。
事前にケインが「自分で登ってくれ、頼む」と頼み込みが功を奏したともいえる。
セフィを背負っての登山はさすがに厳しいのだろう。
「嘘だろっ!?」
ケインが素っ頓狂な声をあげた。
気持ちはわかる。
今にも死にそうな野鳥から〈虫〉が発生したからだ。
人だけじゃなくて、生物ならなんでも発生させる可能性があるってことか。無茶な!
剣を抜いて構える間に、セフィが力を使い、いつものように拡大しかけた〈虫〉をひとまとめにしてくれる。
元の体が小さいせいなのか、〈虫〉の量は多くない。集まったそれを鳥の体ごと斬り捨てた。
「マジかよ……」
セフィが倒れそうになったのを受け止めながらケインは絶望の感情を隠さず、茫然とした様子で呟いた。
「頼む、ここで寝るな! 起きろ! セフィ! 頼むっ!」
だがセフィは覚醒しそうにない。
もうこれは不可抗力といってもいいのではないだろうか。
「ハードモード……ッ!」
「俺がセフィを背負っても――」
「いや、大丈夫だ。多分何とかなる、はず」
無理だと思うが、俺にセフィを任せるつもはないようだった。
ケインは意を決したようにセフィを背負うと山道へ足を一歩踏み出した。
無理するなよ、と声をかけようかどうしようか悩んだが、そのまま見守ることにした。
限界が近くなったら声をかけよう。
ケインの「先生」は山の中腹あたりの発掘現場にいるらしい。だいぶ歩いた気はするが中腹にまでたどりつかない。
ケインの方がそろそろ限界に近いんじゃないだろうか。
嫌な汗をかいているケインの顔色はだいぶ悪い。
「ケイン、セフィを――」
「た、頼む!」
食いつくような返事にケインの背中からセフィを受け取り、背負う。この程度の重量なら足かせになることもなさそうだ。
大きく深呼吸をして、何とか持ち直して歩き出すケインの後ろに続く。
ゆっくり足を進め、発掘現場にたどり付いたのは日が少し傾きかけてきてからであった。




