3-7 ネルイ自治領区
凝縮された〈虫〉とそれを生み出している男に向かって剣を振り下ろす。
いつものように手ごたえなく、〈虫〉も人も消え失せた。
多分、何度繰り返しても慣れることはない。
終わったことを実感し、小さく息を吐けばセフィの感情の灯らない目と視線がぶつかった。
何を考えているのかは、全く読み取れない。
フィルツに居た頃はそれでも何となく感情を感じられることも多かったのに。考えられないのか、考えていないのか。
どちらにせよ、力を使えばセフィは何も語らず眠りにおちる。
セフィは力が必要な時にだけ目を覚まし、行使している。
〈虫〉が現れた時にだけやるべきことをやっている、そんなセフィを見ているのは少しだけ嫌な感じだった。
「……行こう、もうちょっとでネルイだ」
慣れた様子でセフィを背負って、俺に呼びかけて来るケインも渋い顔をしている。
馬車の二度目の乗り換え地点で〈虫〉の増殖を阻止し、再び乗合馬車に乗り込む。
ネルイ直通の馬車は混みあっていた。
奴隷を連れている商人らしき男が、乗り込んできた俺たちに視線を送ってくる。
じっと見つめ返せば怯えた様子で慌てて目を逸らしたため、俺も視線をはずす。
無用なトラブルは避けたい。
周囲の人間を近寄らせないよう神経を尖らせていることは自覚があった。ナーバスになりすぎていることもわかっている。
加減を考えるべきなのかもしれない。
三人並んで座席に座り、動き始めた馬車の揺れに身を任せた。
* * *
背後に鉄鉱山を有し、採石から製鉄まで一連の流れを行っているのがネルイ自治領区だ。
周囲を高い壁で囲っているのは技術の流出を防ぐためと言われているが、それは冗談の類かもしれない。
レンガで積みあがったその壁は実際目にすると登ることすら困難であるように見えた。
壁に沿って進めば、ネルイの象徴の一つである鉄門に行き着く。
技術の町と言う名にふさわしく、この鉄でできた門扉は人力によらない開閉が可能だという話だ。
取っ手を軽く引けば後は自動で開閉するらしいが、非常時以外は常に開いていて動くことはないらしい。
何度かネルイを訪れたことがあるものの、この扉が動くさまを目にしたことはない。今回も開放したままだ。
少しだけ残念なような気がする。
門をくぐった瞬間に気温が上がったのを肌で感じた。
町の中心にはこの町の象徴とされている、背の高い溶解炉が置かれていて、横には煙をあげる鉄塔が一基。
もわっと立ち上がる熱気は、製鉄や鉄加工で火を使っているからだ。
「……溶解炉?」
珍しく起きているセフィが町のシンボルを見ながらぼんやりとした声をあげた。
ケインもセフィに倣ってそちらに視線を向け肯定するように頷いた。
「製鉄のための炉」
「溶解炉……というより、発電設備、っぽい」
「あー。そう言われてみりゃそうだ」
二人で納得しているが、何を納得しているのかは理解ができない。
ケインもセフィも平然としているから驚くような話ではないのだろう。気にするほどでもないか。
「あ、ちょっと、行ってくる。セフィ、あんまりうろちょろすんなよ」
何かに気づいたようで、ケインはそう言って門近くの広場になっているところに向かって駆け出して行った。
その先には何やら子供たちが集まっているのが見える。
歩きはじめたばかりぐらいの年齢から、10歳ぐらいまでだろう、様々な年齢の子どもが囲んでいるのは、紙芝居屋のように見えた。
絵の描かれた紙が入れ替わるごとに子供たちが一斉に笑い声や歓声をあげている。
「砂漠の民、か……」
「……はい」
俺の独り言に、セフィが頷いて応えた。
あの紙芝居屋のように砂の色のマントをまとい茶色の帽子をかぶっている姿が、砂漠の民のイメージだ。
子供たちに紙芝居や玩具を披露したり、大人相手に珍しい商品を販売したりする行商人。俺もそう思っていた。
ケインやセフィが砂漠の民だと言われてもピンとこないのはそのイメージに合致しないからなのだろう。
紙芝居が終わったようで、その商人が仰々しく礼をすると子供はまばらに広場のあちこちへ散っていく。
子どもたちが去ったのを見届けてから、ケインはようやくその人物に声をかけた。
親し気に談笑している様子をしばらく眺めていると、ケインは商人に一礼し、こちらへ戻って来た。
「いやーびっくりした。こんなとこで会うなんてさ! おかげで発掘現場の場所も特定できたし」
「知り合いなのか」
「同郷者だしな。あっちは『商人』だからちょっと毛色が違うけどさ」
そういえばケインは斥候だと名乗っていたな。
同じ砂漠の民にも職業がある、ということなのだろうか。
「子どもの頃、あんな感じの砂漠の民がフィルツに来たことがあったな」
「へえ。ヒューが子どもの頃って……想像つかな――いや、じゃあああいう風に紙芝居やってたり?」
割と失礼なことを言われた気がするが、特に言及はしない。
あの頃は日々生きることに必死で、擦り切れた記憶の中に残っているのが噂で聞いたことのある魔法使い、砂漠の民だ。
「ああ。あんな風に子供を集めて紙芝居をやって、そのあと、不思議な食べ物をもらった記憶がある」
「不思議な食べ物?」
「雲みたいな飴だった」
砂漠の民が見せたのは、食べれば口の中で一瞬で溶ける、そんな魔法の菓子だった。
ガキ同士で奪うようにした食べた。
あの頃を知っている連中とは「あれは何だったんだろう?」という話題で盛り上がったりする。そういうものだ。
「なるほど綿あめか。作れんの?」
ケインは頷いて、なぜかセフィに問いかけた。
セフィは少しだけ考えて、ゆっくりと首を横に振った。
「……道具が足りない」
「材料?」
「モーター」
「了解。残念。無理」
あの不思議な飴をもう一度見ることができるかもしれないと期待してしまっていたのかもしれない。ほんの少しの落胆を覚えた。
……いや、道具があれば作れるのか。魔法みたいなあれを?
「期待させちまって、ごめん」
問いかける前に、ケインが両手を合わせて頭を下げた。その横でセフィもかすかに俯いている。
そこまで落ち込んでいないはずだが、その反応は、どう対応したらいいか困るからやめてほしい。
「それで、どこに行くんだ?」
無理やり話題を転換させれば、ケインは何も言わずにネルイの背後にある山の一部に向かって指さして示した。
――山の中、か?




