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1-06 サシ飲み

 一人残されて、ちょうど夕食のピーク時で辺りには雑然とした喧騒が溢れているが、俺だけがそのざわめきからぽつんと取り残されたような感覚に襲われる。

 静かになったことへと少しの安堵感と、強い疎外感。


 これが、この感じが、駄目だ。

 紛らわすものがないと、この状態か。

 何かが変わったようで、何も変わっていない。


 実感してしまうと焦燥感に襲われる。

 何とかしなければ、ではなく、早く逃げなければ、なのが何とも虚しい。


 パンを一つ手にとって乱暴に齧る。

 この感じから早く逃れたい。


「おまたせ、何飲む?」


 ケインが戻って来て、その陽気な様子に胸中に立ち込めていた焦りが溶けていくのがわかった。

 煩わしいと思う気持ちとは裏腹に、安堵している自分がいることに気づいて自嘲する。

 半ば自暴自棄に口を開いた。


「強い酒、ならなんでも……」

「ダメダメ! ここは俺のオススメで」


 だったら最初から選択肢を預けるなとは思ったが、文句を言うのもバカバカしい。

 もう全部委ねる。それでいいのだろう。


「わかった」

「はいよ! 注文お願いします!」


 手を上げて大声で店員に声をかけているケインから目をそらして俺は小さく息を吐いた。

 感情の動きが激しすぎて疲れた。


「えっと、このフルフルフルーツスイーツパンチっての二つ」


 今度は脱力が全身を襲う。

 全くメニューを見ていなかったが、そんなメニューが存在していたのか。


「はい、フルフルフルーツスイーツパンチをお二つですね。かしこまりました」


 元気良く復唱をして去っていく店員の後ろ姿を見送って、残るのは虚しさとほんの少しの羞恥心だ。

 男二人で注文するような類のものではないような気がしたが、注文してしまった以上は何を言っても無駄か。


「デザート替わりに、いい選択だろ?」

「まだ、メインが残ってる」

 

 サラダ以外はほとんど手が付けられていないテーブルの上を見回して告げると、ケインは全く表情を変えずにセフィが置いて行った皿を自分の方に引き寄せた。


「ここから必死で食べてりゃ、なんとかなるって」

「……」


 どうでもよくなって残った野菜を片付け、メインの鶏のソテーを取り分けてさっさと口に運ぶ。

 ケインは渋面になって野菜を食べているが、手伝ってやるのも癪だ。


「――何にも聞かないんだな」


 ぽつりと、ケインはそんなことを言いつつも、手を止めて俺を見た。


「何を?」

「セフィ」

「……ああ」


 ケインが何を言いたいのか何となく察しはついた。

 ただそれを正面から尋ねていいかどうかはよくわからない。


「よくわかるな」

「……は?」


 敢えてはぐらかすように、そんな風に言ってやる。


「眠そうだとか、不安そうにしている、とか、よく読み取れるなって思って」

「あー。なんだろうな、俺、動物好きだからかも」


 動物扱いか。


「見えているものがだけじゃなくって、空気とかさ、そういうのがわかるから」


 それを感じ取れるほど近い存在ということなんだろう。

 近しい関係だろうと予想をしていたから今更驚くようなことでもない。

 それ以上の言及はしないことにした。


「……セフィがああなったのって」

「……ああなる?」

「頻繁な眠気とか、極端に感情が欠落してるの。気になってるんだろ?」


 少しためらってから、浅く頷いた。

 隠すようなことでもない。かといって暴くような真似もしたくない。

 黙っていたいなら聞き出すつもりはないし、話したいのならそれを妨げるつもりもない。


「あれな、病気じゃないし、薬を服用してるとかそういう類でもなくって。当然生まれつきでもない」


 と、そこまででケインは一度言葉を切った。

 少し迷ったようにも悩んだようにも目を泳がせ、溜息を漏らす。


「セフィがああなったのは、『恐ろしいもの』のせいだ」

「……は?」

「おまたせしましたー。フルフルフルーツスイーツパンチお二つお持ちしましたー」


 ケインの言葉の意味がわからず聞き返したタイミングで、店員がひたすら元気に背の高いグラスを二つ運んできた。


「あ、どーも」


 ケインが一瞬で陽気な空気をまとってそれを受け取り、一つを俺に寄越した。

 急に変わった空気になじめないまま呆然とグラスを受け取って目の前のテーブルに置く。

 とりあえずまだ食事は残っている。


「ごゆっくりどうぞ!」


 去っていく店員を見送ることもなく、ただ目の前のグラスを見やった。

 グラスの中には、薄紅色の液体で満たされ、その中に球状にくりぬかれたいくつものフルーツが浮かんでいる。

 グラスのふちには輪切りにされたオレンジが飾られ、若い娘が好みそうだな見た目だ。


「すっごいなー。やっぱ食べ終わる前に来ちまったな」


 恐る恐る手を伸ばしてグラスを手に取ると中の液体を一口口に含んでみた。


「……甘い」


 喉が焼けるような甘さに思わず声が漏れた。

 これは先に食事を済ませてしまった方がよさそうだ。

 うっかり倒さないようにグラスはテーブルの中央へと寄せておく。


 ケインは一口飲み込んで「うまい!」と歓声を上げているので、甘いものが好きなんだろう。


「――昨日も言ってたな。『恐ろしいもの』というのは一体何なんだ?」


 中途半端なところで話が中断されていた。

 聞かなかったことにはできそうにもない。正直、気になっていた事柄だ。

 最後まで聞かせてもらおうと、強引に話題を戻すとケインはグラスをテーブルに置いて何かを思索するように視線を上に向けた。


「正直、わからない」

「わからない?」

「よくわかんねーんだよ。ただ、セフィが言ってた『恐ろしいものが来た』って。それからずっとあの感じ」


 恐ろしいものが、来た?

 一瞬想像したのは、年端も行かない少女に凄惨な行いをする者の姿だ。

 しかしセフィから感じるのはそういう心の壊れ方ではなく、ぽっかりと空いた穴のように感情が欠落していると表現した方が近い。

 そう語るケインの表情も真剣そのもので、冗談を言っているわけでもなさそうではある。


 恐ろしいもの、とは一体何のことなのだろうか。 

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