表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

1-05 食卓は皆で囲むもの

「そんじゃ、食うか」


 ケインの号令に渋々ながらも手を合わせて、食事前のお祈りを捧げる。

 昼寝から醒めたセフィも、俺やケイン同様に手を合わせていた。

 三人で囲む円卓には、生野菜のサラダと地鶏のソテーとパン。

 割と豪勢な食卓だと言えよう。


 「食事は皆で一緒に」と早々に休もうとしたところを無理やりケインに引きずられてきて、セフィと三人食卓を囲む羽目になってしまった。

 当のケインはというと山盛りにされたパンの山から、パンを一つ手に取りかじりながらもセフィの取り皿にサラダを盛って彼女に食べるように促している。


「ん、ヒューも食う?」

「いや」

「野菜嫌いなのか」

「嫌いじゃない」

「あ、そ」


 答えを聞くと同時に素早い動きで、彼は俺の取り皿を奪い取るとサラダの葉っぱを乗せてくれる。

 山盛りに。

 はい、と返されたそれを受け取ったものの、礼を言うのは憚れる。


 沈黙を保ったまま、盛られた野菜をひたすら口へと運ぶ。

 フォークで刺そうとすると山が崩れかけてものすごく食べづらい。

 嫌がらせか。


「……先生って言ってたな」

「ん? ああ、発掘現場の? あの人考古学者の先生で、俺あの人の弟子なんだよ」


 全く会話がないことに気まずさを覚え、話題を振ってやるとケインは言いよどむことなく、そう答えた。

 考古学者とその弟子、か。ケインが考古学を学んでいる、というのもなんだかピンとこない。


「先生に資料探しを頼まれててさ。レポート手渡して手間賃を頂戴したって訳」


 ケインはどこか誇らしげだ。

 古代遺跡の発掘所という話であったから、そこで発掘しているのが考古学者であったとしても何も不思議はない。

 

「一人で発掘作業を?」

「あー、いやいや、本来だったら人を雇うんだけどさ」


 俺の感じていた違和感をケインの返答が肯定した。

 あの広い場所を一人で作業するのは不可能に近いだろう。

 

「資料探し頼まれた時には大勢……30人ぐらい? いたんだけど。今日行ったら先生一人でやってたから俺も驚いた。なんかさ、パトロンがいなくなっちまったんだと」


 ケインはパンをひとかじりして、続けた。


「フィルツの豪商が今まで出資してたんだけど、代変わりしたらしくて新しい当主が出資をやめちまったらしい」

「……そうだったのか」


 代替わりした豪商、という言葉に少しだけひっかかりはあったが敢えてそのことには蓋をして、続きを促す。


「他にフィルツで後援してくれるような好事家も見つからないみたいだし」

「一人で続けるのか?」

「いや作業は今日で中止だって」

「だろうな」

「先生も今夜にも出発して、パトロン探してくるっつってた。工業都市ネルイに行くって。ネルイって遠いよな」

「ネルイ自治領区、か」


 ネルイ自治領区は、この国フィルツからすれば隣国ラグエドの一都市だ。

 圧倒的な技術力の躍進で今ではラグエド統治力の及ばぬ自治領区である。

 フィルツがラグエドから独立したときとよく似ている。

 フィルツ独立時には相次ぐ戦争で何かと物騒だったと聞く。ネルイもそんな感じだという噂を聞いたことがあった。あまり治安はよくないだろう。


「追加で資料探し頼まれたし、集めてネルイに行かなきゃなんないんだよなー……」


 ケインのボヤキのような発言を聞き流しながら食事を続ける。

 こうやってまともに夕食を食べるのは久しぶりな気がする。このままこの『まとも』が日常に変わっていくのかも、と思ってしまい、反射的にそんな希望を思い浮かべてしまった自分を恥じる。


「あ、そだ、ヒュー、何飲む?」


 突然思いついたかのように、ケインは話題を転換しながらかじりかけのパンを片手に一枚の紙を俺に差し出してくる。

 パンの山の上でそれを受け取りようやくケインの意図を理解した。酒のメニューだ。


「いい」


 首を横に振って、メニューをそのままケインに戻す。


「なんだよー、おごっちゃるってのに」


 おどけたように言ってから、ケインはすぐに真顔になる。


「どっか調子悪いのか」

「そうじゃない」


 彼が本気で心配しているのがわかったので、慌てて再度首を横に振る。

 

「ただ、気持ちが悪い」

「えー………二日酔い?」


 からかうように笑みを浮かべたかったのだろうが、ケインの笑みは引きつったものにしかならなかった。

 ふと、俺に向けられている視線を覚え、そちらに視線をやるとセフィと目が合った。

 その目から感情を窺うことはできなかったが、彼女も心配しているのかもしれない。

 この感じは、なんとも居心地が悪い。


「違う。半分酔っているって中途半端な今の感覚が気持ち悪い」

「そういうもんか?」

「すぐにまた移動するんだったら酔わないおいた方がいいんじゃないか」


 ――本音を言えば、素面になることが怖い。

 本心では怯えている自分を自覚している。

 酔っていないと日々を過ごすことができないと思っていた。

 まだどこかでそう感じているし、酔いが完全に抜けていないから怯えに負けていないだけで、不安はある。


 だが、案外普通に一日を過ごしてしまったから、中途半端なこの気持ち悪さから抜け出すなら完全に醒めてしまってもいいんじゃないかと思ったのだ。


「しかし、感覚ねえ、そんなに変わるもんか?」

「……周りの人や物なんかの間合いとか、踏みしめている感覚とか、微妙に狂っている」


 曖昧な感覚はうまく説明ができなかった。

 意識しないまま感じ取っているもの。身に染みた習慣めいたものだ。

 そんなあやふやな説明だったが、ケインは理解できたようだ。何度か確かめるように頷いてから、呆れたように溜息を漏らした。


「根っからの武人って褒めるべき?」

「単なる癖だ」


 いつまでも消えない癖だ。

 冷たく肯定すると、ケインはやれやれと首を捻ってセフィへと向き返った。


「セフィ、そんなに心配しなくてもいーって。癖っつーかもう病気、職業病っていう病気。この兄さん常に臨戦態勢なわけ」

「そこまで好戦的じゃない」


 あまりの言い草に異議を申し立てるがケインは全く取り合わずに、手を伸ばしてセフィの頭をぐしゃぐしゃかき回している。

 撫でているつもりなのだろうか。セフィは反応らしい反応を見せずにされるがままだ。


「よし!」


 何が良いのか、ひとしきりセフィの頭をぼさぼさにするとケインは満足げにセフィを解放した。


「大丈夫、そんなにヤワじゃないって。な、ヒュー?」


 どうしてこいつはこんなにも断定的な言い方をするのだろう。


「ああ」


 だが、こんなにケインがおどけているように気を遣うということは、とてもそうは見えないがセフィが本気で心配しているということなんだろうと判断を下し、とりあえずうなずいてやる。


「そう、ですか」


 力なき声で呟きながら、セフィは手櫛でケインにぐちゃぐちゃにされた髪の毛を整えている。

 どう声をかけたらいいのか、やはり接し方に困る少女だと思う。


「ま、あれだ、この辺は治安もいいし、適当に気ィ抜けって。ってわけで、ヒュー、一杯付き合えよ」


 意味がわからない。と抗議の意を口にする前に、ケインは酒のメニューを俺に押し付けてセフィへと歩み寄っていってしまう。


「その前に、そろそろ眠いだろ、セフィ?」

「大丈夫、さっき少し寝たから」

「無理すんなって」


 ケインがぽんとセフィの頭の上に手を乗せると、セフィは少しだけ俺に視線をやってすぐに立ち上がった。

 二人の間にある親密な空気に一人疎外感めいたものを覚えた。


「お先に失礼します」


 セフィは丁寧に俺に一礼すると食堂から宿の部屋へと繋がる通路へと足を向ける。


「セフィ送ってくる。適当にやってて」


 と、ケインも行ってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ