3-5 結局は戻る
「ここだけの話なんですけど、外に出ると悪魔に襲われて死ぬって噂があるんです」
朝、宿の支払いを支払いを済ませると、宿の従業員が眉を顰め忠告するようにそんなことを言ってきた。
「お客さんたちも気を付けてくださいね」
「お気遣いどうも」
正規料金よりもかなり吹っかけられたせいか、ケインの口調はいつものそれより若干棘がある。
そのまま躊躇いなく宿の外へと向かうケインに、従業員はあからさまに驚いた様子だった。
隣国の首都が一日で崩壊し、住民が誰もいなくなった、なんて説明のしようもないからこそ、こういう反応だということは理解できる。
ケインの後に続いてセフィも宿を出ていく。
二人が外に出ていくのを見届けてから、俺も宿の外へと向かった。
相変わらず、町の中には奴隷の姿しかない。
「奴隷ならどうなってもいいのかよ」
小さく毒づきながらケインはブルーロードを進む。が、足を止め何かに気づいたかのようにセフィを振り返ってすぐに色の塗られていな方へ移動した。
「ってか、まー、確かに悪魔なんだよな」
「……多分、生物じゃない……」
「悪魔だって生物じゃないだろ」
小さく意見するセフィに、口元を緩めてケインも反論する。
「閉じこもって回避出来りゃいいんだけどな。――て」
言いながら何かに気づいたのか、ケインは前方へと足を速めた。
廃材置き場なのか、様々な大きさの木材が積みあがっている。
「ちょっと、なあ、どうした?」
ケインが呼びかけている場所をよく目を凝らしてみれば、木材に埋もれるように人が倒れていた。
人がいるとは思っていなかったので驚きつつも、早足でケインの後を追った。
倒れているのは老人だ。
粗末な布を服のように纏っている。恐らく奴隷だ。
「爺さん、聞こえてるか?」
体を抱き起し、ケインが必死に呼びかけるが、老人からは返事がない。
年老いたり、怪我をしたり、働けなくなった奴隷は打ち捨てられると聞いたことがある。
そうしてただ死を待つだけになる。
この老人もその類なのだと察する。
屍と化せば、木材と一緒に焼かれてその辺りに適当に埋め立てられて終わる。そういう運命だ。
ケインの横に立ち老人を見る。
目を開いてはいるが、老人はもう声を発する余力もないのだろう。声にならない息ばかりが老人の口から洩れている。
今ここで、この老人を一時しのぎで助けたとして、結局はまたこの場に行きつく。
だからどうしようもない。できることなど何もない。
「――ケイン」
「ケイン!」
慰めの言葉すら浮かばず、ただケインに呼びかけると、セフィのか細い叫びが辺りに大きく響き渡った。
同時にざらついた感情が胸中を埋め尽くした。
不快感とぞくっとくるような恐怖、そして苛立ち。既視感があった。
これは――<虫>だ。
<虫>が――来た!?
「……なぜ、こんな、……いきた……い……」
老人のしわがれた声とともに、膨張するように辺りに広がったのは空気の揺らめきだ。
ゆらゆらと立ち上り一直線にケインへと向かう。
体が竦んで動けない俺の横をすり抜けるように駆け寄ってきたセフィが、ケインに抱きつくように老人とケインを引き離した。
二人が<虫>から離れたのを見やってようやく金縛りがとけた。
剣の柄に手をやる。
剣を引き抜き、間合いを詰めて陽炎のように立ち昇る〈虫〉の中心部を斬りつけた。
すると太刀筋の形に〈虫〉が消滅する。
だが、それは一部分だけ、<虫>が止まったのも一瞬だけだった。
老人の身体から止まることなく〈虫〉が外へと生み出されていく。
やみくもに斬りつけただけでは増殖する方が早い。
パチンと何かを叩いたような音がしたのでそちらに目をやれば、セフィが両手を合わせて打ち鳴らした音だとわかる。
そして、その焦点があっていないような目を〈虫〉へと向ければ〈虫〉はじりじりと老人のもとへ集っていく。
ある程度〈虫〉の動きを制御する力、か。凝縮していく様を見やり、タイミングを計った。
空に届きそうなほど高く膨れ上がった〈虫〉たちが、老人を完全に覆い尽くすまであと一息というところで剣を振り上げ、渾身の力を込めて振り下ろす。
空ぶったのと同じ、手ごたえはない。
〈虫〉と共に、老人は消滅した。
斬った感覚がないのが唯一の救いだとでもいうのか。短く息を吐く。
こんなの――いや、そんな感傷に浸っていても――。
「セフィ」
「大丈夫」
セフィは少しだけふらついていたが、ケインに対して強く言い切って、首を横に振っていた。
大丈夫ではないことが明らかなのに。ただ言い切られればケインも強く言えないようで、立ち上がってセフィに手を差し伸べた。
「ふらついてる。まともに飯食ってないし」
「……お腹、すかない……」
「無理してでも食え――いや、助けてくれてありがとな」
ケインがそう言うとセフィは再び首を横に振って、そのまま意識を失ったのかその場に崩れ落ちた。
「だから、言ってんのに……」
「大丈夫、じゃないよな」
セフィが地面に倒れ伏すより前にケインはその体を抱きとめるとそのまま背中に背負った。慣れた様子だ。
力を使うと消耗が激しいのだろうか。背負われたセフィは特に苦しそうな様子もないので、そこまで過保護なほどに心配をする必要もないかもしれない。
「悪かったな。そうだよな、こんなところにいるってことは、棄てられたってことなんだよな」
何事もなかったように装いケインは再び馬車乗り場へと足を進めはじめる。
「俺が情けをかけたから、なのかも」
「終わった話だ」
それも、口にして悔やんだとしてもどうにもならないことだ。
俺の手の中にある罪悪感とともに、さっさと過去にしてしまった方がいい。




