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3-4 焼き印

「あのさ、ヒュー」

 

 これからどうしたもんかと気まずい雰囲気になりそうな予感に辺りの気配を探っていれば、ケインに呼びかけられた。

 視線を戻せば、ケインは上着を脱いでさらにその下に来ていたシャツを脱いだ。

 突然何を? と疑問に思っていればそのまま後ろを向いて背中を俺にさらす。

 

「これ何かわかるか?」

「……焼き印、奴隷の」


 ケインが後ろ手で示す先には、いびつだが奴隷を意味する羊の模様と数字の4の文字の焼き印痕があった。腰より少し高い位置の中央。

 服を着ていれば絶対に見えない位置だから気づかなかったが、こいつは奴隷だった、ということか。

 内心動揺したが、表情に出さないように細心の注意を払いながら、その背中からそっと視線を外した。

 焼き印の形がいびつなのは成長によって引きつったようになってしまっているからだと想像すると、焼き印を入れられたのは子供の頃なのだろうか。

 子どもに火であぶった鉄を――なんて考えるだけで反吐が出る。

 

「服脱げって言われたらこれバレんだろうな。そしたら俺って逃亡奴隷扱いになるだろ?」

「そうなるな」


 主人が近くにいない奴隷は主人から逃げ出した逃亡奴隷となり、基本的には主人の元に戻されることになる。

 逃げてから数年が経過していた場合はどうなるんだろうか。

 

「逃亡奴隷って捕まって、運が悪きゃ手足が落とされるんだっけ?」


 そこまで残虐なことは、ないと思いたい。だが断言はできない。殺し合いを娯楽としている奴が何を考えるかなんてわからない。

 しかし、なんで逃亡奴隷なんだ、ケインは砂漠の民じゃないのか。


「俺、この国にいるの、実はすっげぇ怖いんだ。これ見られたらアウトだろ。服脱げって言われたら、どうなる? ってさ」

「……」


 ケインが泣き言のようなことを言うのを初めて聞いた。少し動揺した。多分これは表情に出てしまっているのだと思う。

 シャツだけ着て、ケインは俺の方に向き直って、俺を一瞥してから息を吸う。


「別に俺が捕まってもいいんだ。逃げる機会なんていくらでもある。けど、そうなったらセフィは守れない」

「セフィは――」

「セフィは奴隷じゃない。あいつは生粋の砂漠の民だ。でもそんなの説明したって俺の言葉なんて聞いてもらえるわけがないし」

 

 セフィが『生粋の』ならば、ケインは『毛色が違う』砂漠の民ということなのだろうか。

 ケインの言う通り、焼き印こそが全ての証明で、逃亡奴隷の言うことなんて誰も聞くわけがない。そうしたらケインと一緒にいるセフィも疑われる。例え焼き印がその体になかったとしても執拗な取り調べからは逃れられないことが想像できた。


「想像するだけで、怖い。だから、ヒュー、せめてこの国にいる間は同室で勘弁してくれないか?」

「わかった」


 そういう理由ならば文句を言うつもりはない。むしろ理由をきかなくても俺には不都合もなかったし。


「でも、セフィは嫌がらないか」


 年ごろの娘なんだろう。他人と同じ部屋ってどうなんだ? と疑問を投げかけてみる。

 

「ああ、あいつな、多分、ヒューがいるの気づいてないっぽい」

「は?」


 理解が追い付かない返答に、面食らっていれば、出入口が勢いよく開いてセフィが戻ってきた。

 頭にタオルを巻いたまま、ケインが座っている場所の横に倒れるようにうつ伏せに寝転がる。


「おいおいおい! せめて髪はちゃんと乾かせよ!」

「……水吸わない」


 小言のような言葉を吐くケインに微動だにせずセフィは言葉少なく返す。


「文明考えろ。つーか、お前、もうちょっと年頃の女子らしさを……」

「……寝てるうちに……乾く」

「合理性に全振りするのやめろ。情緒的な方にリソースを裂けよ?」

「……わかってるけど、保てない……」


 そのセフィの言葉にケインの表情が強張った。

 保てない、というのは意識を、の意味なんだろうか?

 先ほどケインが言ったように、多分セフィは俺がここにいることに気づいていないのだろう。黙って見守るしかできない。

 強張った表情を緩めて、ケインは一度大きくため息を漏らし、セフィの頭に巻かれたタオルに手を伸ばす。

 

「もうちょっと頑張れよ! びしょびしょだろ!」


 セフィの頭をタオルでがしがしと拭っているケインの様子はまるで母親のようだ。

 

「……ケイン」


 ケインにされるがまま転がていたセフィは、そのぼんやりとした口調で、ケインの名前を呼ぶと、反転して横向きになった。

 じっとその目をケインへと向け、のろのろと言葉を紡ぐ。


「……奴隷って、何?」

「一方的で不当な雇用」

「……雇用……」


 即答したケインに少しだけ考えるような間を置いて、セフィが一瞬だけその背中の方へと視線を這わせたのが見えた。セフィもケインの背中にあるそれを知っているのかもしれない。


「主人の道具として働かされている『人』だ」

「あそこにいた人は皆、……そうなの?」

「多分町の中にいた人間はみんな奴隷だ」

「たくさん、いたのに、みんな……、そう、なの?」


 抑揚のないその声音からは彼女が何を考えているかまではわからない。

 何かを考えているようにも聞こえるし、ただその事実に圧倒されているだけのようにも聞こえる。

 

「不当なの?」

「俺にその分野で語らせると長いの知ってんだろ? いいのか、語るぞ」


 ケインの問いかけに返事は返らなかった。

 しばらく待てば、静寂の中にかすかな寝息が混じったのがわかる。


「寝たか」


 セフィの頭をなおもタオルでぬぐい続けながらケインは何度目かわからないため息をついた。

 少し残念そうなのは語りたかったせいなのか。

 長々と語られるのは俺も避けたい。

 何となく今の話題には触れてはいけない気がした。この予感は間違っていないはず。


「ったく、世話が焼ける」


 そう言ってケインは手にしたタオルを広げて、セフィの頭をそっと撫でていた。

 この二人の関係についてはっきり言及をしたことはなかったが、母親と子ども、みたいな距離のように見える。

 わざわざ言及する必要もない。

 ケインが何だか嬉しそうに世話を焼いているように見えるのはなぜなのか。


「久しぶりなんだよ」


 俺の視線に気づいたのかケインがぽつりともらした。


「会話っぽい会話してんの、久しぶりだから、まあ、なんだかな」

「あの『力』を使ったからなのか?」


 ある程度〈虫〉の動きを制御する力だとセフィ自身が語っていた力。

 あれを使ってからセフィの口数はぐっと減った。何となくわかるようになったと思っていた表情すらも今は読めない。


「どうだろな。俺にはあれが何かってことすらわかんねーし」


 ケインはぶっきらぼうに言ってセフィからも顔をそらしてしまった。

 色々思うところがあるのだろう。ケインからは憤りに近い感情を感じる。

 

 俺も――恐らくケインと同じ憤りもある。

 だが、それだけではないこともわかっている。


 あの時は、セフィの負担を軽くしてやりたいと思う気持ちも確かに存在していた。

 

 願いを叶えたいという想いと共に、今も、その気持ちは変わらない。

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