3-3 夢のない英雄譚
宿に到着したとたん、セフィは眠りに落ちてしまった。
二つあるベッドの片方にセフィを転がしてケインは大きくため息をついた。
「せっかく身内から聞き出すチャンスなのになー……」
「それを期待しないでくれ。……一部屋なのか?」
「おう、正規価格で馬車のチケットを売ってくれなかったからな。一応値切ったけど。とりあえず節約」
あっけらかんと言ってくるが、いろいろとまずい気がする。
「いや、路銀ならあるから、言えよ」
「収入の当てがない奴から金をもらうのはちょっと」
こいつのいう通り俺は無収入だ。
だがフィルツを出る前に、瓦礫の中から金目の物は持ち出している。すぐに窮するほどでもない。
「どうせセフィは寝てるだけだし、何にもしないだろ?」
「しない」
わざわざ確認をしなくても何かをするつもりもない。
逆にセフィが嫌がるのではないか、と思ったが、寝ているだけならいいのか。
「悪いな」
何か考えがあるのか、ケインはそう小さく詫びて寝ているセフィの横にどかりと座りこんだ。
「吹っ掛けられたのか」
「まあな。宿もそう。外国人を下に見てんのかね。値切っても二割増しぐらい取られる。ひでー国だな、ここは」
「単にいい金づる扱いされてるだけだろ」
座れよ、と言われて俺も空いているベッドに腰を下ろす。
「そもそもさ、三人で利用するっていってんのに、この部屋だし。ガラガラなのにそういうことするか?」
ベッドが二つしかないのを指して、ケインの文句は続く。
「だから、嫌なんだよ、この国にいるのは」
「……」
「あ、そうだ。さっきの劇って最後どうなんの? セフィが起きたら教えてやらなきゃ」
嫌悪感をにじませてラグエドに対する苦い思いをぶちまけ、すぐにいつもの軽い口調でケインは俺を見た。
珍しいケインの様子に、慎重に様子を窺ってみる。わざと明るくふるまっているように見えるが、その底にあるのはなんだというのか。
「剣奴だったアルの活躍で、ラグエドの領地だったフィルツが独立。初代王の誕生とともに、アルは王によって剣聖という称号を与えられ、フィルツ建国の英雄となる」
「すげえ」
「で、自分を見受けした貴族の娘と結婚して、貴族になる」
「はぁ、そりゃ、あやかりたいって思うかもな」
感心したような溜息とともにケインはそんなことを言ってくる。
「だが、その婿入りした貴族の家は、アルを身請け金が莫大だったことと、当主我急逝したことによって没落寸前。二人は汗水たらして昼も夜も働く必要があった」
「……え?」
「子宝にも恵まれたが、貴族の娘は同じ時期に生まれた王子の乳母として登城し、アルはまだいざこざがあった周辺領土の制圧に駆り出されて、二人はすれ違いが多くなった。子どもにはあまり構えない生活が続いた」
「……」
「そうして数年後、アルははやり病に倒れてあっけなく死ぬ」
「夢がねえ!」
ケインが思わずといった様子で叫んだが、現実なんてそんなものだろう。
「そうして、没落寸前の家名を背負った貴族の娘は自分の子と王子殿下を一人で必死になって育てたが」
「なんかもうやめろよ」
「誰かの思惑によって、謀殺されてしまった。そして、フィルツも滅んだ」
「……」
俺が語り終えれば、ケインはしばらく沈黙を返していたが、ややあって何か思うところがあったのかようやく口を開いた。
「夢がない!」
再び叫んだあと、ケインは沈黙した。
気持ちはわからないでもない。立身出世の物語の行きつく先がこれでは本当に夢などない。
ただ、そんなもんだろうとも思う。
「セフィ、今のうち風呂行っとけ」
沈黙を保っていたかと思えばケインはいきなりセフィを叩き起こしはじめた。
文字通り、顔を覗き込んで頬を軽くたたけばたまらずセフィも目を覚ましたのか、むくっと体を起こした。
「……お風呂?」
「階段降りて一回に共同風呂があるんだと。今の時間なら空いているだろうから入っとけ」
「……眠い……」
文句を言っているのか、ぽつりとそう呟いて、ケインをその視線で射抜いた。
「はいはい、俺が風呂にいれてやろうか?」
「……やだ」
冗談めかして言うケインを冷たくあしらってセフィは立ち上がった。立ち上がった瞬間少し足をもつれさせたようにふらついたが、持ち直したらしい、たたらを踏んだ後しっかりと二つの足で立ち、セフィは出入口へと向かおうとする。
「着替えとタオル」
ケインは慌ててそれらをセフィに投げつけると、セフィは容易くそれを受け取り、廊下へと姿を消した。
あの調子で大丈夫なんだろうか?
ケインを見やれば俺の疑問に気づいたらしい。ただ首を横に振ってみせた。
「やだっつってんだから放っとく」
そういうものか。
あまり二人のやりとりをじっくり見たことはなかったから気づかなかったが、意外とお互いの扱いが雑なような気がする。




