3-2 ラグエドの最強剣士
少し歩けば裏通りの開けた場所に出た。
半円状の階段の底に木を組んで作った簡易な舞台が組まれている。浅い鉢のような形だ。
ラグエド首都にある剣奴隷たちを戦わせる闘技場と同じ形なので、似せて作られているのだろう。あれよりはかなり小規模だが。
階段は椅子としても利用できるため、休憩所としても使えるようだ。
舞台の上にも、その周辺にもまばらだが人がいて、どうやら何かの演劇をやっているようだった。演者と観客と。
服装で、彼らが皆奴隷階級であることは容易に知れた。
一般市民が家に閉じこもっている今、咎めるものもなく、つかの間の自由を得られている、ということなのか。
「少し休んどくか?」
ケインはそう言ってセフィに座るように促した。
黙って従うセフィを見やり、ケインもセフィの横にしゃがみこんだ。
「宿の確保とネルイまでの乗合馬車のチケット購入行ってくるから、ここでしばらく休んでろよ」
「……」
「ってわけで、ヒュー、セフィのこと頼む」
俺がやるからセフィの近くにいてやれ、と言い出す間すら与えず、ケインは早口で告げて走り去ってしまった。
ちゃんとブルーロードからはみ出さないように気を遣っている様子なのが、何だか滑稽にも思える。
セフィに視線を向ければ、膝を抱え込むような体勢でじっと目下の舞台にぼんやりとした相貌を向けている。
劇に興味があるのだろうか。
俺も少し距離をとって腰を下ろし、セフィ同様に舞台を見やった。
舞台の中心には二人の演者が距離を大きく開けて向かい合うように立っている。
男女の二人組である。
話の筋がわからないのに途中から見てわかるものなんだろうか。
「家も財産も、全てを失っても、あなたが私の近くにいてくれるのであれば何も惜しくなどありません!」
「ルーヴィア!」
――男の方の演者が口にしたその名前に、思わず変な咳が飛び出した。
途中からでも、わかる。一瞬で理解した。
舞台はラグエド首都にある国立の闘技場。
剣を持たされた奴隷が、剣奴同士か野生動物と戦う場所が闘技場。命がけで戦う剣奴を観戦するのが王族や貴族の娯楽である。
主人公――今ステージの中心にいる男は、一歩間違えば簡単に命を落とすその闘技場で無敗を誇る男、アル。
最初はその男の強さに、王族も貴族も、平民すらも狂乱した。
いとも簡単に他者の命を刈り取り、血まみれになりながらも確実に勝利を掴む彼の姿に誰もがのめり込んでいった。
辺境貴族の娘の一人が好奇心で闘技場に足を踏み入れたその日から、剣奴アルの運命が大きく動き始める。
大型の獣を容易く葬ったアルに、娘は一目で恋に落ちたことを自覚した。
そうして物語がはじまる。
――俺の両親のなれそめの物語が。
それが劇になっていることは聞いたことがある、というか、母が嬉しそうに自慢をしていたから知っていた。
まさか、このラグエドで遭遇するなんて誰が予想できたか。
直視なんてしたくない。
舞台上の二人は同時に駆け寄って抱き合った。
俯くことで視界から舞台を消す。
どうして俺がいたたまれない気持ちにならなければならないのか。
「こたびの戦、勝利をあなたに捧げよう!」
「アル!」
史実通りに話が進むのならば、アルは戦争で勝利を重ねフィルツを国として独立させる立役者になる。
そしてかつて剣奴だった男は英雄となる。
英雄になったアルが貴族の娘に結婚を申し込み、娘が快諾するところで幕が下りる。誰もが期待するハッピーエンドだ。
「おまたせ。全然人がいねーって何か不気味だよな。何をするにもスムーズに済んでいいんだけどさ」
軽い口調でそんなことを言いながら戻って来たケインは、俺の顔を一瞥して眉をひそめた。
変な顔をしている自覚はあるから、ケインの感情は何となく想像がついた。
ケインは一瞬だけセフィを見て、再び口を開いた。
「え? 何だよ? なんかあったのか?」
「いや、行こう。早めに休んだほうがいいだろう」
一昨日は瓦礫の中で、昨夜は野宿で夜を明かしたのだ。
途中乗り合い馬車の中で仮眠をとっていたとはいえ、疲労は限界に近い。
セフィは朝からずっとぼんやりしていて、一言も声を発していないように思う。
ここから即座に離れて休んだほうがいいに違いない。
「え? 本当に何があった? まあ、とりあえず移動するか? セフィ行こう」
呼びかけられてもセフィは立ち上がろうとしない。
すぐにケインはしゃがみこんでセフィの様子を伺ったが、覗き込んだ顔をセフィはやんわりと押しのけた。
「一体二人ともなんなんだよ?」
セフィの視線が向けられている先、舞台を見てケインは察したようだった。
「ああ、見てんのか」
「……うん」
やめてくれ。本当に。
思わず頭を抱えたくなるのを堪えて無言で立ち上がる。
「演劇か、珍しいもんな。そりゃ気になるか」
ケインは、セフィの横に座り直して、俺の方を見た。
「んで、これどういう話?」
「なぜ俺に聞く?」
「いや、だって」
まっすぐに舞台を見ているセフィにケインは親指を向けた。
確かにセフィに説明できるとは思えない。
「ラグエドの剣闘士がフィルツの貴族の娘に買われてフィルツで出世する話」
「へー。それ面白い?」
ケインの問いかけは他意はないと思いたい。なんて答えれば正解なのか全くわからないが。
「奴隷が英雄になる話だから、人気はあるんだろう」
奴隷がその身分を断ち切ることができる、希望の物語だから。
わかりやすい理想を具現したのが英雄アルだ。
「奴隷が英雄にって?」
「……聞こえない」
感づいたらしいケインはセフィに冷たく言い放たれて、声のトーンを落とした。
「――自分の親がモデルの演劇を見るのってどんな気分?」
「……最悪の一言だ」
素直に思った通りの感想を口にすれば、ケインは頬を緩ませ、手を伸ばすとセフィの頭を抱え込んだ。
「セフィ、行こう。宿に行けば、このお兄さんから演劇の解説してもらえるぞ?」
「……?」
「もう眠いんだろ、早く休むぞ」
一方的に言い放ち、ケインはセフィを引きずるような形で立ち上がらせると歩かせた。
急かした俺が言っていい言葉じゃないが、扱いが酷い。




