3-1 感傷と始まりと
元は自宅だった瓦礫に分け入って、大きな瓦礫を蹴り倒しながらも辺りを探す。
何かが残っていて欲しいという思いで一心不乱に。
月明かりだけを頼りに、自室だろうと思われる場所を重点的に必死で掘り起こす。
家の潰れ方がよかったのか、少し掘れば無傷で部屋の半分が残っているのが暗がりの中であったがわかった。
ベッドは屋根に潰されているが、作業用のテーブルは残っている。
いつでも崩れそうなその場所に慎重に入りこんで、テーブルの引き出しに手をかけて開けた。
引き出しはあっさり開いたが、夜の暗がりの中では何が入っているのかわからない。
手探りで中をまさぐると、細い何かが指先に当たった 。
輪になっているそれを中指に引っかけて引きずり出す。
暗がりの中落とさないように気をつけて瓦礫の中から脱出。
月明かりの下、中指の第一関節に引っかかったそれ見れば、想像通りの物が手の中にあった。
母親が父親に送ったお守り代わりの指輪。
以前、母が父の形見だと言ってよこしたそれだ。
空に翳してその形を確認してから、俺は通してあるチェーンごと大事に懐にしまいこんだ。
両親が生きていた証みたいなものだから、とか、そんな感傷じみた気持ちは深く考えたくない。
知らず知らずのうちに漏れ出た笑いはどんな感情から出たのかすらわからなかった。
見つけることができてよかった、でいいのか。
確かに安堵もしている。
今見つけなければ、失ったまま先に進めない。
そんな訳のわからない衝動があったのも確かだ。
再び漏れ出た笑いはそのままため息に変わる。
今だけだ。こんな風に感傷にひたってられるのは。
朝になったら出発しなければ。
多分もうここには戻ることはない。
全てを終わらせて、なかったことになるその日までは、俺はここに帰ってくることはできない。
* * *
朝目覚めると同時に、逃げるように国境を越え隣国ラグエドの玄関口である辺境の町へと足を踏み入れていた。ケインとセフィを連れて。
「いっやあ、何つーか、ラグエドらしいっつー感じっていうかさ」
辺りを見回してケインが気まずそうにそう言った。初めての来たわけではないのだろう。
同じく何度か訪れている俺も、訪れる度にラグエドにはギャップを覚える。
大陸共通言語を話し、文字も同様である。会話に不便はない。
ただ、国境を超えたこちら側には奴隷制度がある。それは形だけではなく、当たり前のように奴隷が使役されている。しかもその差別が顕著なのだ。
街路を見てもそれは明らかで、道の右端が青く染められていて、奴隷はその色がついた部分しか歩いてはいけないというルールがある。
少しでもはみ出るとたしか鞭で打たれるとかその程度の刑罰が与えられるんだったか。
町は静かで、出歩いているのは全て奴隷階級の者ばかりだ。その青い道をはみ出さぬよう慎重に足を進めている。
「人、いないな」
「フィルツ壊滅の話が伝わっているんだろう」
噂は馬よりも早く伝わる。一瞬で壊滅した都市の話がもうここに伝わっている可能性は大いにある。
以前ここに来たときはもっと人の往来も多く活気があったように記憶している。一般市民は家に閉じこもっている状態なのだろうか。
どう話が伝わっているのかはわからないが、〈虫〉が発生したら家に閉じこもっていようと無差別に食い荒らしていくだけなのに。
「これだけ人がいないなら気にしなくてもいいと思うんだけどさ」
考え事に沈みかけている俺に、ケインが話題を振ってきた。
「他国民って、どっちの道を通ればいいんだ?」
「決まりはなかったはず」
別にブルーロードを歩くことを強要されることはなかったと思う。
焼き印を体のどこかに入れられている奴隷だけだ。最近は焼き印ではなくて、首輪をされているのが奴隷の印だという話も聞く。いずれにせよあまり気分の良い話ではなかった。
「だけど、俺は、厳密に言えばブルーロードなんだよ」
「は?」
見た目に奴隷の印を付けられているわけではない。
だが、血筋的には――
「親が奴隷ならその子も奴隷階級だからな」
「え、どういう意味?」
言葉を重ねたが、どうもケインは理解ができないという顔のままだ。
その顔を見て、ああ、と気が付く。改まって話はしていなかったから知らないのか。
「俺の父親は元ラグエドの剣奴だ」
「はああ?」
ケインは思いきり聞き返してきて、ふと何かを思いついたように顔つきが変わった。
「あ、ああ! フィルツ近郊の領土を持つ貴族が、ラグエド最強の剣奴を買い受けたって有名な話だろ!? っていうかヒューの親父さんってその人!?」
素っ頓狂な声を上げてケインは目を白黒させている。
「英雄って呼ばれてるのが、その最強の剣奴って? まあ、そうか。なるほど、貴族ん中でヒューの立場が微妙な理由が、わかった気がする」
「ああ」
そこまで理解してくれれば話が早い。
フィルツにおいては奴隷は存在しない。だが、奴隷制度が存在していたことは皆知っている。父の強さは認めつつも、所詮奴隷だと見下す者も少なくなかった。
現在も、いや、つい最近までそういう目は俺にも向けられていた。
「そりゃそりゃあ、確かに微妙な立ち位置だよなぁ。っつても俺もあんまり身分制度って明るくないから、本質的なもんはわかってないかもしれないけど」
「面倒なだけだ」
自分の置かれた微妙な身分は面倒くさいとしか感じられなかった。
だが両親を恨むのも変な話だ。母親の少しだけ花が咲き乱れているような浮世離れした感じは少しだけどうかと思うが、あの人がああだったから俺もちゃんと大きくなれたし、ディノも少しだけ捻くれたが概ね良き王子になったのだと思う。
何にせよ、いつまでも立ち話をしていても疲労が積もってくばかりだ。
二人に移動しようと伝え、町の中心部へと向かって歩き始めた。誰も気にしてはいなかったが、ブルーロードをはみ出さないように気を付けながら。




