2-35 そうしてすべてを
「どうだった?」
広場に戻れば、ケインとセフィがその場にしゃがみこんでいた。
セフィは眠ってはいないようだが、いつも以上にぼんやりした様子で、緩慢な動作で俺を見た。何の感情も感じられない表情だ。だが少し心配されているのだろうか。
ケインは恐る恐るといった様子である。俺はただ首を横に振って二人に応えた。
同時に目の前の風景が一転した。
瞬きすれば先ほどの白く塗りつぶされた世界に立っていた。ケインもセフィもしゃがみこんだ体勢のまま、そこにいる。
――とりあえずの危機は退きました。
先ほどの声がまた辺りに響き渡る。
その中性的な声音は、全く人間味がなく聞いているだけで不安をかきたてられる。
――〈虫〉は宿主が死ぬまで増殖を続けるもの。宿主がやがて力尽きれば宿主の身体を食い破り、爆発のような大繁殖を起こします。それが繰り返されればこの世界の全てが〈虫〉によって破壊されつくされてしまいます。繁殖を止めるには今やったように先に宿主の生命を絶つことだけ。
何だか背筋が震えるような話だ。
この世界での異質な存在である〈虫〉、それが生物の負の感情の中で増殖をするなんて。誰でも負の感情は持っている。つまり誰もがああなる可能性があるということ、で。
「私は、……どうすれば、いいんですか」
感情がこもらない様子でセフィが問いかけた。
ケインがそんなセフィに一瞬だけ心配そうな顔を見せたが、すぐにそれを隠すかのように俯いた。
痛々しい、俺もそう感じた。
――世界を破壊されないよう、〈虫〉の繁殖を阻止しつづけなさい。
「阻止、……それだけ……」
「こちらからは〈虫〉に攻撃をしかけないってことか?」
セフィ、そしてケインがそれぞれそんな疑問を口にした。
阻止している防戦一方では終わるものも終わらない。
――世界を少しずつ閉鎖していきます。〈虫〉を逃がさぬように。
世界を閉鎖? どういう意味だ?
――少しずつ世界を狭めていきます。今はこの大陸だけ残して他の場所を封鎖していますが、この先は大陸も少しずつ封鎖をして〈虫〉を逃げぬよう閉じ込めます。
「大陸だけって、世界ってこの大陸だけじゃないのか!?」
声の説明に驚いたのかケインが大声を上げた。
気持ちはわかる。俺も驚いた。
この大陸以外、海の向こうにも世界が続いているなんて、そんな話聞いたことがない。
――封鎖をしているため、人々の海の向こうに関する記憶も同時に封鎖されているだけです。世界を開けば皆思い出すでしょう。
知らず知らずのうちに記憶を封じられていたりしているってことか、俺だけではなく、この世界に生きる者全員が。
そんな異質な力を持つこの防衛システムとやらはやはり薄ら寒い感じがする。
――剣士よ。
改めてこの声の不気味さを確かめていると、声の矛先が俺に向いた。
――その武器で、宿主を、そして、閉じた先の世界に閉じ込められるはずの〈虫〉を消滅せさせてください。
消滅、か。
手にした剣を見下ろす。〈虫〉に触れただけでそれをいとも簡単に消滅させていた。まるで魔法のように。
俺にできるのか、と自問する。探るような視線をセフィに送れば彼女はぼんやりとした視線を下に向けているだけだ。多分セフィがこれを振るえるかといえば難しいとしか言えないだろう。
どうせ、それしか能がない。
「わかった」
――〈虫〉が全滅をさせたら、この世界の再生をします。〈虫〉が封印を解く前、その時に時間を巻き戻し、やり直しをする。剣士よ、力を貸してくれた報酬に、ほんの少しだけ戻った時間軸に細工することも可能です。何か望むことはありますか。
「時間を、巻き戻す?」
思いもよらない単語を聞き返す。
そのまま捉えれば、過去に戻ってやり直せるということなのか? この誰もいなくなった故郷が、なかったことに、なる?
「母が、死なないようにできるのか?」
――一人の流れを変えるぐらいなら容易きこと。
できるのか!
母が死ぬことを防ぐことができれば、もう少しディノも俺も動きやすかったはず。
一人の流れを変えるのが容易いのならば、自分の両手を痛いほど握りしめる。
叶うのならば――
「じゃあもう一つ、ミルが――ミルドレットが生きている世界だ」
その名前を口にするだけで、苦しくて仕方ないのに。
どうして彼女を欲してしまうのだろう。また会いたいと願ってしまうのだろう。
絞り出すように願いを口にして、俺も俯いた。
「俺が望むのは、その二つだ」
――交渉成立です。
返答と同時に、下に置いておいた抜身の剣の刃が一瞬で鞘におさめられていた。
不思議な力だなと率直に思った。
――砂漠の民の町にあった本物の対世界の敵用の武器は恐らく〈虫〉に取りこまれている。取り戻すことができればよいのですが。
この剣は本物ではないということなのか。
いや、どうでもいい。武器は何であっても、やることは一緒だ。斬って消滅させる。それだけ。ある意味単純作業だ。
そうやって俺のなすべきことを果たせば、本当に時間を戻ってもう一度やり直せるのだろうか。消えてしまった人たちにまた会えるのだろうか。
アイリにも、ディノにももう一度会えるのならば、何も、迷いも躊躇いもない。
――健闘をいのります。
再び瓦礫の中に戻ってきた。
ケインは一度その拳で地面を叩きつけてから立ち上がり、俺の目の前まで歩み寄ってきた。
「いいのかよ、あんな約束して」
「……他には、もう何もない」
他にやれることもない。もう何もなくなってしまったから。
それを告げれば、ケインは再び俯いた。
「俺にやれることあれば、何でも言えよ。別に泣き言ぐらいだったら聞いてやる」
「泣き言」
鼻で笑ってしまって、ほんの少しだけ後悔した。
ケインの気遣いを無下にするのは、さすがにないだろうと。
「大丈夫だ。まだ終わりじゃない」
やるべきことができたのだ。終われるかという方が正しい。
「俺のことより」
「ああ」
セフィを見やると察したらしいケインがセフィの元へと駆け寄っていった。
先ほどまで、ディノの葬儀をやっていたはずの広場はもう滅茶苦茶で、ディノの棺があった場所も崩壊していて近づけそうにない。
棺も跡形すら残っていないようだ。
すっかり様相が変わってしまった故郷に、先ほど覚えた叫び出したい衝動を再び覚えたが、理性で抑え込んだ。
ケインに告げた通り、まだ、終わりじゃない。
――そうして、俺は全てを失った。
同時に、ごくわずかな希望だけを手に入れた。




