2-34 罪
声が言い終えると同時に、目の前の風景ががらりと変わった。
噴水広場だ。
ディノの葬儀沈痛な空気はそのままだ。変わっていない。なのに目に映るのはそれまでと全く違う世界。
周囲にいた人々は消え失せている。
噴水も中央がえぐり取られたかのように消失していて、行く先を失った水が地面をぬらしている。
ドンと、音を立てて祭壇が崩れ落ちた。
中心部が消失したことでバランスを壊したようだった。
立ち上がる砂埃に視界が塞がれたが、すぐに場違いなほど柔らかい風に流されて再び壊滅した都市の姿が露わになった。
〈虫〉が食ったのか? 誰もいないのは、まさか――?
思い当たったその予測に、見知った人たちを探しに行きたい衝動にかられた。だが、それはここを終わらせてから。
「セフィ!」
「時間、かせいでください……」
両手を打ち付けて、セフィがそう言ったので、俺は手にした剣を構える。
〈虫〉とよばれる陽炎のような空気の揺らめきは、舞台の残骸の上にたたずんでいるアイリの内部からどんどん飛び出して辺りを覆い尽くしている。
試しに、間近にある人の頭ぐらいの塊を斬りつけてみると、剣に触れた先から〈虫〉が消滅していく。対〈虫〉専用の装備ということか。
闇雲に剣を振るっても体力を消耗して終わる。最小限の動きで〈虫〉を斬りつけていく。途中抵抗するように向かってくる塊を斬りつけ、セフィとケインの元へと飛んでいこうとするそれも斬った。
消しても消しても、次から次へとアイリが発生させているのだ。キリがない。
「……集え」
セフィがそう言うと、彼女の周囲に光の輪が浮かび上がった。
同時に広範囲に広がっていた〈虫〉たちが圧力でもかけられたかのように一ヶ所に集まっていくのがわかった。
これが、〈虫〉を制御する、『力』なのか。
「ヒュー、さん」
セフィに呼ばれて、彼女を見やれば、目線を動かし、その方向を指し示した。
アイリだ。一ヶ所に集められた虫の束は、セフィが祈るような動作をすればゆるりとアイリの元へと移動していく。
一度深呼吸をして、アイリに向かって駆ける。
……お二人は本当に仲がよろしいのですね……
ディノに紹介されて、初めて会った時の言葉を思い出す。
俺とディノを見て、アイリはそう言って笑った。
ディノとアイリ、二人で並んでいるところを見るのはそう多くなかった。
ディノは王子だったし、アイリは国の占い師だった。接点は少ない。
それでも子供のころからずっとディノはアイリが好きだったし、用もなく彼女の元に訪れるることが多くて。
これ以上は考えてはいけない。俺が斬ると大言を吐いたのだ。仕損じるわけにはいかない。少しでも躊躇えば斬れなくなるかもしれない。〈虫〉よりも何よりも今はそれが怖い。
アイリの全身が固められた〈虫〉に取りこまれるような形になって、動きが止まる。
一歩踏み込んで、剣を振り上げる。
体に刻み込んでいる動作だ。意識をしなくても自動的に全身は動く。意識は全て狙いを定めることに集中する。
「ディノさま、……なんで、置いて、いった、の……?」
「すまない、アイリ」
守れなかったのは俺だ。
罪を背負う必要はないとさっきセフィは言ったが、誓ったことを守れなかったのは俺の罪だ。
だからずっとこれを引きずっていく。
ディノも、母も、ミルドレットも、そしてアイリも。
全部俺の罪だ。
――アイリに向かって剣を振り下ろす。
〈虫〉ごと、アイリを切り裂いた。
アイリの身体も〈虫〉と同じように剣に触れた途端に消滅して、消えて行った。
黙って成り行きを眺めていたケインが辺りを見回してぽつりとつぶやくのと同時に、セフィがその場に膝をついた。周囲に浮かんでいた光の輪が掻き消え、喘ぐように息をしているのがわかった。
ケインがすぐにセフィに駆け寄ってその顔を覗き込んで様子を確認しはじめた。
あいつがいるから、セフィは大丈夫だろう。
〈虫〉とアイリが消えて、気配という気配が消え去った。
静寂の身が辺りを支配している。
〈虫〉に全部、食われたって、まさか。
きっと、どこかにいるはずだ。ドニもエセルも、師匠も、どこかで救援を待っているはず。
「――見て来る」
二人の方を見ないままそう言い捨て、俺は瓦礫の中へと足を踏み出した。
馴染みのある道なのに、瓦礫に埋もれているそこは見たことのない場所のようだった。
道すらも崩れた家の一部で塞がれていて先に進むこともままならない。
やはり人の姿はなかった。
建物は軒並み土台部分が食い荒らされたようで、上の部分の重みでつぶされたような形だ。
焦燥感にかられるようにそれらを見ながらもとにかく走る。
誰もいない。だが、誰かはいるはず。いないなんてありえない。
あの<虫>にすべてが食い尽くされていたら――考えたくもいのに、頭の片隅にそんな考えがちらついている。
中心部から郊外へ抜けて、師匠の道場へ向かう。
少し離れているあそこならば、もしかしたら。
期待はいとも砕け散った。
丹念に整えられていた場所が、激しい風雨に見舞われたかのようにありとあらゆるものがなぎ倒されている。建物はここまで至る道で見てきたとおり、下の部分がなくなって屋根の重みで押しつぶされたような状態。砕けた外壁の石材や、折れた木材が砂埃の中露出している。
「師匠!」
反射的に叫びながら敷地に飛び込んでいた。
まったく人の息遣いも感じないのが不気味なほどなのに諦めがつかない。瓦礫の下敷きになっているんじゃないか、と一抹の期待を抱きながらも覗き込んでみるが、人が入り込めるような隙間はない。
小さくため息を漏らして、来た道を戻る。
噴水広場に向かう道を歩けば見えるはずの城がそこにはなかった。城も崩れて瓦礫と化したのだろうか。
叫びたいような気がしていた。
誰生き残れなかった。師匠も、ドニもエセルも、二人の間の子も、他の幼馴染も、兵士の仲間たちも、全員だ! 全員が、一瞬にして消えた。
嘘だ、と思った。どこかに避難していて、しばらく経ったら皆どこからか出て来るに違いない。それを信じたかった。
だが、頭の片隅でわかってもいたのだ。これが現実だと。




