2-32 葬儀
「……ドニ、店は?」
「臨時休業にきまってんだろう!」
ドニに抱き上げられた少女が怯えたようにドニの首根っこに抱き着いている。
ああ、この世を全部破壊することを考えているおっさんなんて怖いだろうな、とその反応には納得だ。
「お前が、あのディノを刺した野郎を串刺しにした瞬間、思いっきりすかっとした!ディノのこと悔しくて悔しくて、お前がやんなきゃ俺あの野郎を殴ってた! ディノの仇を討ってくれて、よくやってくれたって、そう思った」
「ドニ」
ドニのこういう率直な物言いには、いつも救われていたんだ。
そうだ、子どもの頃から、今でも、ずっと、救われているんだ。
「ディノの追悼すんぞ、みんな呼んで。みんなあのディノと遊んだ小さい頃からずっとディノのことずっと応援してた。それがこんな形でおわっちまって……。 でも俺なんかよりずっとお前の方がずっと悔しいだろ! だから、聞く! 全部聞く! 今日じゃなくてもいい。待っているから、俺んち来い。お前が来たらみんな集まるから! 絶対に来い!」
「……ああ」
必死なドニの様子に、当たり前のように頷いてしまっていた。
これだけ必死に呼びかけてくれるなら、応えなければいけない。応えるべきだ。そう思ってしまった。多分それは正しいのだろう。
胸の内でこみあがってきた熱い何かを口にするのは難しい。だが不快ではなかった。
「きてね、おうち」
ドニにしがみつきながらも、少女が俺に向かってそう言った。
ドニとエセルの子、だ。
全部なくなったら、この子もなくなる。それは、やっぱ駄目だな、そんなの、俺の望むものじゃない。
「……行ってもいいのか?」
「うん、おかあさんもまってるよ」
「そっか」
ドニはもうお別れを済ませたようで、俺にその抱き上げている娘と一緒に手を振って自宅の方へ行ってしまった。
ぼんやりとそれを見送って、別れを済ませようと舞台の方へ足を向けて、今度はケインと目があった。
「……あのさ」
「俺は、もうこの国にいられない」
何かを言いかけたケインを制する形で俺は言う。
「ネルイに行くんだろう? 用心棒続けてもいいか」
「……ああ、そうしてくれると、すっげえ助かる」
少しだけケインの表情が和らいだ。
心配をかけてしまっていたのはわかっていたが、どうにもしようがないとわかっていた。言葉一つで少しだけその憂いが晴れるのならそれを口にした甲斐があったのだろう。
また逃げたことがばれたら、ディノに怒られる気がしたが、先に死ぬ方が悪い。そう思わなければやってられない。
ケインから目を逸らしてセフィを見やる。先ほどの不安は少し軽減したのだろうか。ただ今はこの目から感情を読み取ることは難しい。
舞台に上がる階段の前に色とりどりの花を並べられたテーブルが設置されている。
あのテーブルから一輪花を取り、舞台の上に用意された祭壇の上に乗せる。それだけの儀式だ。
祭壇の中にはディノの棺。
棺――という単語に苦い思いが胸に広がった。
ディノが死者になったのだと突きつけられたような感じがした。
花を選び取ってから祭壇に続く列へと並ぶ。
ゆっくりと進む人々の後に続いて一歩一歩足を進めていく。
途中警備の兵士と目があったが、すぐに向こうが目を逸らした。
謹慎中の外出を見てみないふりをしてくれていると解釈してもいいのだろうか。
警備の兵士は見る限り、俺と反りが合わない人間を除いたような人選のように見受けられるので、恐らくそういうことなのだろう。
まだ少し距離のある祭壇を見やれば、丁度一人の女性が花を捧げて踵を返すところだった。
二人組の女性、片方は良く知った顔だ。
その何も映さない目が、俺を真っ直ぐに射抜いた。
多分気のせいではない。
アイリだ。
侍女に付き添われディノの弔問を終えたアイリは、舞台を降りる階段の前で足を止めた。
ずっと俺に向けられた視線から目をそらさず正面から受け止める。
当たり前だが顔色が悪い。
憔悴しきったように歩行もおぼつかず、侍女の手を借りなければまともに歩けない様子だがその目に宿る感情だけは鮮やかだ。
しばらく黙って俺を見据えていたが、ややあってから、彼女はうっすら紫に変色した唇を開いた。
「なぜ、あなたが生きているのに、ディノ様がいらっしゃらないのですか」
その場にいる人間が小さく息を飲むのがわかった。
探るように俺に視線を向けて来る者、不躾にじろじろと見て来る者、一瞬だけ俺を見てすぐに目を逸らす者、様々な視線が俺に集まったのがわかった。
責めるようなものもあれば、同情めいたものも感じる。
「どうして、ディノ様が亡くならなければならなかったのですか! あなたが生きていて! なぜ!?」
そう、責められるのは当然だと思っていたから、黙ってその言葉を受け入れる。
失策だった。俺も、後輩の護衛も間に合わなかった。後輩にいたっては、命まで賭したのに、ディノを助けることが叶わなかった。――ディノも後輩も、俺が殺したのと同様なのかもしれない。
「違います」
小さく反論したのはセフィだ。
その声はアイリには届いてはいないだろう。
「……悪いのは、実際に刃をふるったあの人、です。助けられなかったこと、悔やむのは当然です。でも罪までかぶる必要はありません」
罪をかぶる必要は、ない?
「そうだ、ヒュー、王子様を殺したのはお前じゃない。お前が倒した異母兄だったあの男だ」
ケインがセフィに付け加えるように言う。
俺が殺したわけじゃない。確かにそうだ。死んでほしいなんて誰が思うか。生きていてほしかった。今だって、あの瞬間がひっくり返るんだったら何だってやってやるし、何だって捧げても惜しくない。
「アイリ」
「どうしてですか、どうしてディノ様が亡くならねばならなかったのですか! 教えてください!!」
アイリの悲痛な叫びは静まり返った広場に大きく響き渡った。
何で、どうして、と繰り返すアイリに、周囲の誰も声をかけることができない。俺も同様だった。
その名前を呼び掛けて、その後が続かない。
感じている痛みは、俺もアイリも同じはずなのに。
「……ディノ様がいない私に何の価値などないのに」
「違う」
小さな声を上げたのセフィだった。
だがこの声音ではアイリには届かないだろう。
「そんなことを思っては駄目」
「そして、ディノ様がいないこの世界なんて私にとっては何の意味もない!」
セフィのか細い声を塗りつぶすかのように、アイリは絶叫した。
「こんな世界! 全部壊れてしまえばいい!」
アイリの叫びは、先ほど俺が陥っていた思考と似通ったものだと唐突にそんな考えが浮かんだ。
心の底から浮かび上がってきたと思っていたそれは本当に俺の中から生じたものだったのだろうか。
アイリの言葉も、本当にアイリ自身のものなんだろうか。
「全部壊れてしまえばいいのにっ!」
「――駄目なのに。……く、る……」
小さいがよく通るセフィの声が耳に届き、ぶるっと身震いをした。
恐怖に対する怯えのようなその震えは、アルヴァーと対峙した時のそれと似ている。
アルヴァーの慟哭と同時に何かゆらゆらと透明な炎のように立ち上がる揺らめき――その姿と今のアイリが重なった。
アイリの輪郭の周囲から陽炎のような何かがゆらゆらと空へと向かう。
じりじりとその陽炎の幅が増していったかと思えば、燃え上がる炎が如く上空に向かって大きく立ち昇った。
同時に恐怖が胸中で大きく膨らみ、全身が震えあがる。止めようとして反射的に両手で両腕を押さえつける、が止まらない。
「全部、全部、滅んでしまえ!!」
空気が圧縮されたような感覚に、アイリから発生しているその揺らめきが膨張した。粒のような何かは同時に周囲に広がって全てを覆い囲んだ。
俺にもそれが向かってくるのを目でとらえていたが、足に力が入らず何もできないまま、それを受け入れ――
「……させ、ない」
俺の前に立ちはだかったのはセフィだった。
その背中を眺めているうちに――視界が揺らめきに飲み込まれた。




