2-24 臨時招集会議
そうやって、朝もやも晴れぬうちにまた登城だ。
本日の主な予定は例の臨時会議である。
会議自体は昼過ぎからだが、準備は昨日からはじまっている。
兵士長から全体への諸注意が告げられた後、兵士たちは昨日割り振られた自分の持ち場に散らばっていく。
ディノ直属の俺には持ち場という持ち場がないため、議事堂とその周辺を一巡する。
特に異変はないことを確認してから、ディノの執務室へと向かった。
本日のメイン業務、王子の護衛だ。
「急な招集で、皆右往左往といったところか」
「こっちの都合も考えろ、と言いたい」
いつもの執務室にはディノと俺の二人だけ。敬語なんて使っていられるか。
今出歩くと邪魔にしかならないのはディノもわかっているのか、執務机に向かったまま、皮肉気に吐き捨てている。
少し間を開けてその横に立つ俺も、つられるように毒舌気味になる。
「それでも昨日は帰宅できたんだろ? いいよな、うまい飯にちゃんと整えられた寝床があって」
「帰ったのは日が変わってからだ」
「でも食事は用意されていた、違うか?」
思わずディノから顔を背ける。
別に悪いことをしているわけではないのに罪悪感を煽られるのはなぜだ。
「いいよなあ、女の子が作った料理って、その響きだけでいい」
「どこの変態のセリフだ」
そういうことを言うと、ケインが怒る――いや、王子相手には怒らないか。
こういうバカバカしいことを言い出すということは、相当疲れているということだ。
いさめることなく適当に応じておく方がディノの息抜きにはなるはず。
「どうやったら城勤めに応じてくれると思う?」
「一般市民に、王子殿下の食事作りなんて重たい仕事を課すな」
「あーあ、アイリと美味い飯が食べたいなぁ」
「寝言は寝て言え」
特にアイリは国家専属の占い師だ。
城からどころかあの部屋から出すことさえ手続きが煩雑だ。
だからと言ってセフィを城に連れて来ることもできない。
「家に帰れないようにしてやろうか」
「冗談に聞こえないからやめろ」
不毛なやりとりだと自分でも思うが、他にやることもない。
ただ、いつもディノと言い争いをしていれば、間に入ってやんわりと仲裁してくれていたのは母だったな、と思い出してしまった。
母が亡き今、止められる者は誰もいない。ディノとの不毛な言い争いは続く。
母の仇を必ず取ると決めた。
今日の会議はその一歩になるんだろうか。
その鍵となるはずのディノは子どもみたいな駄々をこね始めている。
本当に大丈夫なのだろうか。
信じたい。が、疑問を抱くなという方が無理だろう、この状況。
「兄上!」
貴族の代表として、ディノの後ろ盾であるシャイアライト家当主がその人物を紹介した。
議事堂内が騒然となる。
シャイアライトに導かれるように中央に立ったのは一人の青年だ。黒髪と黒目、フィルツ人の一般的な特徴をもつ男だ。
遠目でもわかる。王に似ている。特に目元が王の生き写しとも言えた。その目は怯えの色に染まり、落ち着きなく辺りを見回している。
そんな人物を王の落とし胤――隠し子だと紹介されれば、信じる者も少ないないだろう。
そんなざわめきの中、ディノは自分の席からたちあがると、足早にその青年とシャイアライトが立つ中心へと向かっていく。
そして、青年の目の前に立った。
「あなたはわたしの兄上ということなのですね!」
真っ直ぐに青年を見据えてディノはよく通る声で告げる。
しん、と辺りが静まり返る。人心掌握とでもいうべきか、ディノはその手腕には長けている。
「陛下も病で倒れたまま、ここ数年執務に携わることもままならぬ状況が続いております。同じ王家の血を継ぐものとして、どうか力を合わせてこの国をよりよい国にしていこうではありませんか」
やたらと大げさな口調と手振りでそう異母兄らしき男にディノは訴えた。
演じているようにしか見えないが、堂々と思いを語るディノとおどおどした様子の男。
どちらが君主にふさわしいか、語るまでもないだろう。
「だから、どうか兄上、わたしに力を貸していただきたい」
頭を下げ、異母兄に頼み込むディノの姿にシャイアライトが息を飲んだのがわかった。
完全に想定外の動きなのだろう。シャイアライト以外の一部の貴族議員の顔が引きつっているのが窺える。
頭を下げたまま、ディノもその空気を感じ取ったのか一瞬だけ口元を緩ませ、だがすぐに引き締めて顔をあげる。
内心は知らないが、真摯に異母兄を見つめる姿はまさに立派な王子で、れっきとした次代の王だ。
誰も確定的なことを口にできないまま、そのまま会議はうやむやに終わった。
「あの顔を見たか。青ざめた顔して怒りでぶるぶる震えていたぞ」
執務室に入った瞬間、ディノは上機嫌で笑い声をあげた。
悪趣味な、と思ったがそれは口にはしない。今まで味方の面をしていた連中が、不意打のような形で裏切ったのだ。ディノの怒りと失望は大きいだろう。
「確かな情報というのは、武器だな」
机に向かって腰を下ろせば、ディノは一転して静かな口調でそんなことも口にした。
「知っていたから冷静に対処できた。あの場で初めて聞かされていたら好きなようにやられていただろうな。あいつらは俺の性格を知っている。おおよそ憤慨して陛下を罵りだす、ぐらいの筋書きだったんじゃないか」
「確かに、罵ってたな」
ケインにそれを知らされた時、ディノが激高していた様子を思い出して同意だ。
冷静を装っているが、ディノは沸点が低い。今も怒りに駆られて動いている節があるので少し気をつけねば足元をすくわれかねない。
「……次はどう出てくるのか」
声音には少しだけ焦りが見えた。
先が読めない、不安からくる焦り。
「とりあえず、ヒューお前は死ぬなよ」
「お前もな」
「当たり前だ。ここで死んだら全部が水の泡だ」
頬杖をついてため息をついているディノは当たり前だが疲れた様子である。
「あいつら、隙あらば俺の駒を一つずつ消していこうとしているみたいだからな。……こういう裏を読むような真似はあまり得意じゃない。 知ってるだろ」
ディノが弱音を吐くのは珍しい。疲れもあるが、追い詰められてもいるのかもしれない。
だが、ただ愚痴を言いたいだけのようにも見えた。
「俺には足りないものが多すぎる」
「……その性格が問題なんじゃ?」
自虐的な言葉は、いつもの軽口と同じ口調だった。俺もそのつもりで答える。
ディノは少しだけ傷ついたような表情を見せたが、事実そうなんだからフォローのしようはない。
「兵士たちはお前を通じてある程度掌握できるだろ。切り札が武力行使って、王子としてどうなんだ?」
「最悪だ」
「だよなー。なんで俺の乳兄弟は参謀タイプじゃないんだろうなあ?」
「そんなこと俺が知るかよ」
文句は俺の母親を乳母として採用した人間か、俺の両親に言ってくれ。




