2-23 仕事
翌日登城して、真っ直ぐにディノの執務室に向かう。
ちょうど護衛の交代時間だ。引継ぎに参加するが特に問題もなく、目新しい情報もなさそうだ。
遅番の護衛が退室すると、ディノが俺たちの方へ歩み寄ってきた。
「見ろ、会議の臨時招集だ」
会議開催文書と思しきものを手に、なぜか心底楽しそうなものをディノはそれに向けていた。
「臨時? 聞いてませんけど、議題はなんです?」
俺の二つ年下の後輩にあたるこの護衛は、先日近衛兵にあがったばかりだ。そのせいかまだ初々しいさが残っている。礼儀も少しだけ危いが、ディノが何も言わないなら、俺からも特に注意はしない。
ディノの手の中の用紙をざっと見たが、日時のみしか記載がない。首をひねりつつ俺は言葉を発した。
「記載はされてないですね」
「多分、先日ケインが言ってたあれだろう。隠し子騒動」
「隠し子!?」
驚きの声を上げたのは、護衛だ。
やはり反応がまだ初々しい。もう少し経験を積めば、ディノが何を言い出しても全く無反応でいられるようになるだろう。色々起こりすぎで感覚が麻痺するからだ。
「隠し子って殿下の?」
「阿呆。俺の子であってたまるか。陛下のだ。俺の異母兄にあたるんだと」
ディノの子であってくれたほうがましだけどな、とは胸中だけでぼやく。
本当にそうなんだろうか。
「確定なんですか」
と、俺が疑問を率直に尋ねれば、ディノはよくぞ聞いてくれたと言いたげな表情になった。
「真実がどうであれ、動かぬ証拠でも出してきて『本物』にするんだろうな」
「偽物でもですか?」
護衛の問いにディノは大きくうなずいた。
「真偽なんてどうでもいい。ただ、王位継承者が別にいるという事実を作りたいんだろうな」
「乱暴なやり方ですね。我々国民にとってみれば王子様といえばディノ様お一人です。今更もう一人、しかもディノ様よりも年上の王子殿下なんて、受け入れがたいとしか」
護衛の正直な意見にディノはますます笑みを深くする。あれは喜んでいる顔だなとわかったが特に口は挟まないでおく。
「それでも介入をしたいのだろうな。自分の思い通りに国を動かすのに最適な駒になりえるからな第一王子、なんてものは」
ケインからその報告がもたらされた時にはうろたえていたが、ここ数日で何か対策でも立てたのだろうか。やけに余裕なのが気にかかる。
「ヒュー、会議は明日正午からだ。会議中の護衛はお前、近衛兵たちは会場と、その異母兄の警護にあたれ」
「はい」
「承知いたしました」
俺と護衛がそろって頭を下げれば、ディノは会議の案内文を机にたたきつけた。
「その挑発、買ってやろうじゃないか」
割とまだ冷静にはなれていないみたいだ。
こっそりとため息をもらせば、護衛兵士がそれに気づいて苦笑を浮かべていた。
ディノからあれこれ要件を申し付けられて城内をあちこち移動してればあっという間に時間は過ぎる。
例の推薦状と申請書をまとめて役所に提出すれば、ディノへの出仕は終わり。
だが、この時間からは新兵の訓練指導の補佐という任務を別で与えられていたので、業務はまだ続く。
これは兵士長直々の依頼なので断れるわけもない。
一列に並んだ新兵五名を、彼らの教育係の横に並んで眺める。
キラキラした目でまっすぐにみてくる彼らの姿がまぶしい。
若いっていいな、とちょっと本気で思ってしまった。
教育係とともに、新兵たちの戦闘訓練である。
1対1の組みあい訓練から、試合形式の打ち合いまで。
「一撃も入れられない」と少々泣きが入ったところで訓練が終了。
新兵たちを解散させて、教育係たちとの反省会、更に指導計画の見直し。
それが終われば、後輩たちが「指導お願いします」と寄ってきたので、しばしの時間相手をしていたらもう深夜だ。
以前だったらこのまま仮眠室へ行く時間だが、重い体を引きずって自宅に帰ることにした。
帰ってきて師匠のところにしばらく入り浸っていて本当によかった。師匠にしごかれたおかげで体力が途中で尽きるようなことにならずに済んだ。
後は鈍ってしまった体を少しずつ鍛え直していけばいいのだろう。
当たり前だが、自宅は暗く静まりかえっていた。
いつもの出迎えはない。むしろ出迎えられたら困る。
癖でキッチンを覗けば、食事がちゃんと用意されていた。
行儀など考えず立ったままそれを摘まんで空腹を満たす。
……もう少しでこんな生活ともお別れか。
少しだけ寂寥感というか、惜しいような気持ちがあることに、苦笑してしまった。
誰かが待っている家はしっかり息づいていて、帰ってくるとほっと安心できる場所だ。
だからみんな結婚するんだろうな。誰かが待っている家を持つのだろうな、なんて感傷じみたことを考えながらも食事をすべてたいらげた。
さすがに皿は洗って片付けておく。
水滴を拭って戸棚にしまえば急に眠気が押し寄せてきた。
一日が長い。疲れた。
自室に戻り、今日も湯を使わず水を浴び、震えながらもベッドにもぐりこんだ。
ちゃんと日に干されたシーツの匂いだ。
帰ってきたときからずいぶんと様変わりしたな、と思っていたらそのまま眠りに落ちた。
多分、あの二人が出て行ったら、また自宅に帰らなくなるんだろう。




