2-21 覚悟を決めている
「そう言ってくれんのは嬉しいし、助かる。確かに、ちょっとどうしようかなって思って途方に暮れかけてた」
ケインはさっそく、薄切りのパンにキノコのオイル煮を乗せてぱくりとかみついた。
「けど、セフィは連れてく。あ、別にヒューのこと信頼してないわけじゃなくて、前にセフィと約束したんだ。いろんなとこ、連れてってやるって」
「約束か」
「だからどんなに厳しい状況でも連れてく。そう決めてるからさ」
ケインはケインでそういう覚悟を決めているのか、と腑に落ちてしまった。
そう決めているのなら、俺からはもう何も言えない。
「そうか、少し寂しくなるな」
「お?」
あっさりと認めれば、ケインはちょっと意外そうな声を上げた。
「いやあもっと反対されるかと思った。それに、寂しい、ねえ?」
にやにやしながら揶揄うような口調で言ってくるケインを意図的に視界から外して、もう一口酒を飲みこんだ。
飲みやすいが悪酔いしそうな酒だな、これは。
明日のことを考えるのなら量は最低限で留めておかないとまずいことになりそうだ。
「そう思ってんなら、もうちょっと護衛続けないか? ヒューが居りゃ俺の方の憂いは全部解決なんだよなあこれが」
思いもよらぬ提案に、面をくらってしまった。
……ああ、でも、そう言ってくれるのは嬉しいような気がした。
「もう逃げるのは止めるって決めたから、しばらくはフィルツから出るつもりはない。悪いな」
「ほんとに真面目だな!」
吹き出して、ケインはもう一切れパンにキノコを乗せて口の中に放り込む。
「あーあ、だったら王子様の依頼報酬、市民権じゃなくてヒューを貸してってお願いしときゃよかった! ネルイまで遠すぎる!」
ケインが覚悟を決めているように、俺も覚悟を決めている。
頭を抱えてはいるが、ケインもそれがわかっているのだろう。
あくまで冗談で言っているのは口調でわかる。
そうだ、と、持っていた書類を取り出してケインに差し出した。
「市民権の申請書なんだが、サインが欲しい」
今度はケインが面食らったような顔つきになって、すぐにくくっと喉を鳴らして笑った。
「突然何だよ。……はいはい、了解。酔っぱらう前に書いといた方がよさそうだしな」
ケインは懐からペンを取り出すと、書面を確認しながらも記入し、最後に自分のサインを書き込んだ。
「セフィのサインも必要なのか」
「ああ」
そんなやりとりをしていたら、セフィが次のつまみを持ってきた。
山盛りのレタスと、肉そぼろを盛り付けた皿をテーブルに置いて立ち去ろうとしたところをケインが呼び止める。
「セフィ、ここにサインしてくれ」
「……うん」
躊躇うことなく、セフィはケインからペンを受け取って、書類をじっと見下ろした。
どうやら内容をしっかり読み込んでいるようだ。
ややあって、さらさらっと名前を書きこむと、ケインへ書類をペンと一緒に手渡した。
「これで大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。あ、あと、酒飲んでると大量には食えないから、あと一品ぐらいでいいから」
「うん」
いつもの調子でぼんやりと頷いてセフィはキッチンへと戻って行った。
あれはあんまり大丈夫じゃなさそうなんだが。
「これでいーんだろ、よろしく」
「ああ」
差し出された用紙を受け取り再びしまい込んでおく。
ディノの方を回収して提出。
あとは審査が完了すれば無事に市民権の発行という流れだ。
「どれぐらいでできんの、市民権って」
「ディノの推薦書があるから、十日ぐらいという話だ」
「ふーん、じゃあ出発は市民権受け取ってからにしよっかな。そういや俺、全然観光してないし」
ケインがそう呟いたタイミングでセフィが再びやってきた。
無言でテーブルに置かれた大皿にはケインが選んで購入したデカい魚がどんと鎮座している。
「ワイン蒸しです……」
「すっげえ。ありがとな。これ、駄賃だ受け取れ」
下に置かれたバッグから本を三冊取り出し、ケインはセフィに手渡した。
表紙に書かれた文字からいって料理の本のようだ。
それを受け取ったセフィは、その三冊を大事そうに抱えこんだ。
「……ありがとう……」
「こき使ってわるかったな。眠いんだろ、寝とけ」
「……うん」
ケインの言葉に素直に頷くセフィを見て、罪悪感が芽生えた。
眠い状態で無理やり働かせるのは、さすがに駄目だろ。
「セフィ……」
「ヒューさん、復職、おめでとうございます」
せめて詫びぐらいは伝えておかないと思ったのに、セフィに先手を打たれてしまった。
いつになくはっきりとした口調でそう言って頭を下げられてしまえば、言おうとして言葉は表に出ることなく喉の奥へと消える。
「あ、りがとう」
俺を祝いたかったから無理したのか、とわかってしまうと、落ち着かない気持ちになってお礼もぎこちなくなる。
「……先に、休みます。失礼します」
「ああ、ゆっくり休んでくれ」
再度ちょこんと頭を下げるセフィに告げれば、セフィはそのまま食堂を後にした。
……落ち着かない。
「どうした? 惚れんなよ」
「違う。……こういう形のお祝いをされたことがなかったから、何だか変な感じだ」
俺の言葉を聞いて、ケインはちょっとだけかわいそうなものに向けるような目で俺を見たが気づかないふりをした。
そんなに同情されるような話でもない。
ただちょっとやんちゃが過ぎた。それだけだ。




