2-18 弱み
「城、寄ってけ」
遊びに誘ってくるような様子でディノは俺たち一向に向かってそう言うが、誘う先は城だ。
ケインは少しだけおののいたような顔つきになったが、すぐに表情を消し俺に視線をよこした。
……こんな軽く誘われて即答できるわけがない。かといって相手は王子だ。拒否することもできない。
ディノのやりたいようにやらせておこう、という気持ちを込めて頷いておく。
「あとな、ヒュー、お前は着替えてけ」
「ああ」
返り血に濡れている服を見て自然とため息が漏れた。
確かにこのまま住宅街を歩くのは問題だ。
城の地下につながる隠し通路の存在は、幼い頃ディノから教えられていた。
ここを抜け出して下町の子どもたちと混ざっていて遊んでいた日々が懐かしい。バレるたびに俺が起こられていたが、それでも何度も抜け出せたのは、ディノが下町で遊ぶことをどこか黙認している部分もあったんだろうと今ならわかる。
地上への階段に続く廊下の途中、一つの部屋の前を通りかかったところでディノは突然足を止めた。
ああ、なるほど。とその理由を察してディノを見やれば気持ち悪いぐらい嬉しそうな笑顔になったディノが部屋の扉に手を伸ばしているところだった。
「せっかくだから会っていくか」
単にディノが会いたいだけであることはわかったが、何も言わずにディノが扉を開けるのを見守った。
こんな夜更けに迷惑だとは思わないのかと、呆れはするが、止めるつもりはない。
「アイリ」
ノックもしないで扉を開け、ディノはその名を呼んだ。
恐らく顔を見る口実が欲しかったのだろうということは想像に容易い。
「ディノ様……」
薄闇の中、衣擦れの音とともに、人影がベッドの上で上体を起こした。
これは完全に寝ていたな。どう考えても常識はずれな行為だ。
話が飲み込めていないケインとセフィは部屋の外から中の様子を窺うばかりである。
「すまないアイリ。顔が見たくて」
「はい」
かすかに笑ったような吐息とともに、声の主が立ち上がったのがわかる。
まるでこれが初めてではないような態度なのは、いやあまり触れてはいけない話題な気がする。
「ですが、私、寝間着姿で、とてもディノ様の前には……」
「悪いがアイリにこれを着せてやってくれ」
ディノが後ろを振り向いたかと思えば、セフィに脱いだ外套を放り投げてそう命じた。
外套を受け取ったセフィは部屋の中に入り、部屋の主の元へと近づいていく。
「失礼します」
「あなたは?」
部屋の主――アイリの質問にはセフィは何も答えず、手にしていた外套をアイリに羽織らせているようだ。
二つの影がなにやらごそごそ動いているのを見てはいけないような気がして、目線は自然に下に降りる。
ややあって、アイリが小走りにディノの元へやってきた。
「ディノ様、こんな時間に何かあったのでしょうか」
「アイリの占いが当たった。帰ってきたんだ」
心配そうに縋るアイリの髪をそっと撫でつけディノは俺へと顔を向けた。
「まさか……!」
アイリの顔もこちらを向く。が、彼女は生まれつき目が見えていない。
目が見えない変わりに未来が見通せるのだと言っていた。そして、目が見えない変わりに人より気配には敏感なのだとも。
「ヒュー様?」
「アイリ、こんな夜更けに済まない」
「いいえ、お元気そうで、よかった、本当に!」
声で俺だとわかったのだろう。感嘆の声を上げるアイリに恐縮してしまう。
占いと言っていたが、俺が戻ることをアイリは見通していたのかもしれない。
それだけ言葉を交わすと、アイリはディノに手を引かれて椅子に腰を下ろした。
「夜はアイリ一人なのか」
「はい、必要ありませんから」
完全に二人の世界に浸るのを眺めているのも気恥ずかしい。二人から少し距離をとるように後ずさればケインがすぐ横に立っていた。
「どちらさん?」
「フィルツ専属の占い師、アイリだ」
「へー」
受け流すようにケインは相槌を打っている。非現実的と言われるかもしれないが、アイリの未来を見通す力は外すことがないと言っていいほどよく当たる。当たるからこそ、衆目にさらされないようにこんな地下の部屋に隠されている。まあ、ディノの意向も多少はあるのだが。
「王子様の何?」
こっそり聞かれて、少しだけ思案を巡らせる。
「弱み」
多分その言葉がわかりやすいだろうとケイン同様にこっそり返せば、ケインは小さく笑った。
明かりがないから見えないが、多分にやけているのだろう。その辺の情緒は子供のころから成長していないように思う。
「……綺麗な人」
俺とケインの方へと歩み寄ってきたセフィはケインの横に並んでぽつりとつぶやいた。
ディノがアイリを隠す理由はそれもある。
微笑ましいとはとても言えない。
「どうする? 服は脱ぎ捨てておけばいいだろ」
「さすがに夜更けに裸で外出は寒すぎる」
「だよな」
多分俺のことなど忘れているであろうディノに気づけという念を込めた視線を送ったが気づかれないようだ。
邪魔するつもりはないから別にいい。早く帰らせてもらえればそれでいい。
「意外にさ、純情なんだな、あの王子サマ。なんか見ててむず痒い」
「本当にな」
「……」
ただ見守ることしかできないから――見守ることしかできないから、早く家に帰りたい。
ただの不法侵入者だから俺が単体で城内をうろつくことはできない。
後にしろとも言い出せず、ただただ夜がふけていく。




