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2-17 情報

 上から下まで斜め読みして、シーゲルの基本的な情報と、歴史、現在の財産目録を確認する。

 何か突出するものがあるかというと、資産がやたらと多い。恐らく豪商フローレス家の財産だろう。

 そして――?


「シャイアライト家って王子派だろ?」


 商売で提携をはじめたと記載されているその家名を疑問に思い問いかけると、ディノも重々しく頷いた。

 貴族第一主義の国王派と、市民第一主義である王子派はあまり交流を持たないはずだった。

 シーゲル家は国王派だ。そのシーゲル家と王子派のシャイアライト家が提携することに何の意味がある?

 

 しかもシャイアライト家と言えば、ディノの母親筋の親戚。

 ディノにとっては何よりも大きな後ろ盾だったはず。

 

 当然ながら、提携している商家はシャイアライト家との繋がりを表には出していない。

 こんな繋がり、良く調べられたな。

 ケインの手腕に感心しつつも最後のページに目を通す。

 

「――最後のこれ、なんだ?」

「おまけ」


 意味不明な内容を誰ともなしに問いかけると、ケインが不敵に笑った。


「何の意味がある?」


 ディノもその真意をつかみかねていたのだろう。

 スープを皿に口を付けて流し込んでケインに問いかけている。

 マナーの悪さは、さすがに注意すべきなのか?

 一瞬ディノに声をかけようとしたが、今はやめておいた方がいいと判断して報告書にもう一度目を落とす。

 

 奴隷の購入履歴だ。

 シーゲル家はシャイアライト家に奴隷を一人あっせんしている。

 シャイアライト家は、それを購入。それだけの流れだ。

 奴隷の売買は違法。しかし、この情報は犯罪の告発が目的というわけでもなさそうだ。


「市井で密かに流れている噂がありまして」


 ケインはよどみなくそう言って、ディノを真っ直ぐに見た。


「噂?」

「落胤児。国王の――隠し子です」

「おい! ちょっと待て!」


 予想外の単語に、さすがのディノも声を荒げて立ち上がった。


「そんなの! そんなこと! ありえるのかっ!」

「あったみたいですね。お忍びで出かけた先で……みたいな。ご成婚前のまあ火遊びみたいなものでしょうが」

「あんの野郎!」


 完全に劇場に駆られているディノにかける言葉はない。

 国政のほとんどを押し付けられて十数年。ディノが国王に思うところがあるのはよくわかっている。

 癇癪が出るのも当然だ。


「ってことは、この売買された奴隷が……、俺の異母兄、だと!?」

「あ、えーと、本物かどうかはおいておいて、そういう名目で出してくるんじゃないか、という憶測です……」


 ディノの権幕にケインは驚きを隠せないようだ。

 普段の様子からは想像できないが、幼い頃はもっと癇癪が酷かった。

 かなり落ち着いた方だ。座ったまま怒鳴っている姿を見て安心している自分がいた。

 

「……くそっ! 面倒なことしやがって、帰ったら文句言ってやる! 一回ぐらい息の根を止めてやってもいい!」

「……少し落ち着け」

「これが落ち着いていられるかっ!」

「セフィ」


 ディノが机を叩きつけたところで、台所からこちらを覗き込んでいるセフィの名前を敢えて呼んだ。

 あからさまにはっとした様子で、ディノもセフィを見やる。


「そうだ、夕食まだだろ、こっち来て食え」


 ケインも俺の意図を理解したのか、そう言ってセフィを手招きした。

 とはいえ、ここに入ってくるのは躊躇うかもしれない。

 一旦セフィは顔を引っ込めたが、すぐにスープの皿を持ってやってくるとケインの横に座った。

 全員の注目を浴びて居心地が悪いのだろう、表情には出ないが気遅れてした雰囲気で一同を見回し祈りを捧げた。


「そういえば、栗を使ったのか」


 ゆっくりとスープを食べ始めるセフィに、空気を変える意味でそんな話を振ってみる。

 

「あ、はい。食べていいって言ってくださっていたので、使ってみました」

「美味かった」

「確かに、栗っておかずになるんだな」


 ディノとケインに言われ、セフィは浅く頷いて見せた。

 見た目は淡々としたままだがやはり何となく申し訳なさそうにしているのがわかる。


 学生の頃、焼き栗が美味いと気づき一時期ずっと食べていた。その時の印象のせいかやたらと焼き栗を差し入れで貰う機会が増えてしまった。

 今でも嫌いではない。なぜか、この家で消費するのは難しい量になってしまっている。

 あとでディノにもお土産に持たせよう。

 

「驚かせて悪かったな」

「いえ、大丈夫です」


 ディノはため息とともに、セフィに素直に詫びた。

 子どもと言っても差支えの無い娘の前で癇癪を起すのは、さすがに恥ずかしかったようだ。


「なあ、セフィ、城で働く気はないか」


 落ち着いたかと思えば途端にまた変なことを言ってくる。

 セフィは無表情でディノを見て、すぐにケインにその視線を向けた。


「駄目ですよ! こいつ、礼儀とか駄目なんで!」

「料理好きだろ。もっと大勢に食べて欲しいとは思わないか?」

「王子様!」


 ケインの制止を聞くつもりもなく、いつもの強引さで切りこんでいくがセフィは首を横に振るばかりだ。


「ディノ、何のつもりだ?」

「いや、何、美味い飯がいつでも食べられる環境が欲しいと思った。あとは、まあ、セフィを囲いこんどけばケインも俺に従わざるを得ないだろうなと思って」


 色々駄目だろ! 被害を俺以外に広げるな! という思いで睨みつければ、ディノは肩を竦めて口をすぼめた。

 正直すぎるのは悪くない。裏工作するよりはましだ。だが駄目なものは駄目。

 

「ヒューもこの食生活を失いたくはないだろうと思って」

「お前、本当に、もう、……腐れ王子め」

「聞こえているぞ」

「聞こえるように言っているからな」


 そんなやりとりをしているうちにディノもかなり落ち着いたらしい、あーあとため息交じりに声を漏らしてケインを見た。


「冗談はともかく、この『情報』の報酬は? 約束どおり言い値で買おう」

「は、あ……」


 ディノの切り替えについて行けない様子でケインは気の抜けたような返事をして、すぐに我に返ったように俺とセフィを交互に見てからディノを見やった。


「フィルツの市民権を二人分。俺とセフィの分を発行していただけますか」

「そんなことか」


 ディノはあからさまに拍子抜けした様子を見せ、大きく頷いた。

 

「俺の配下になるならもっといい思いもさせてやるんだがな」

「それをやめろと言っているんだ」


 この二人までボロボロになるまで働かされる未来なんて俺は見たくない。

 

「市民権だけでいいのか、邸宅もつけるか?」

「いえ、市民権だけで。まだいつ住めるようになるかも決まってないので」

「わかった。また依頼してもかわないか?」

「勿論です。俺としても王子様との繋がりが持てるのはありがたいので」


 頭を下げるケインにつられるようにセフィも頭を下げている。

 二呼吸おいて顔を上げたケインが浮かべている笑みに、こいつも一筋縄にはいかなそうだなと少しだけ感じた。まあディノ相手にどこまでやれるかはわからないが。


「ディノ、不正はするなよ」

「バレたか」


 また書類を偽造しようとしていやがったな。先に釘を刺しておいてよかった。


「ヒュー、復帰後の初仕事だ。市民権の発行、お前がやれ」

「ぐ!」


 それを振るか!

 面倒くさい手続きのあれこれを思い返して、憂鬱になるのを止められずにテーブルを睨みつけておく。


「わ、かった」

「よし、明日から登城しろ。話はつけておく」


 叫び出したい気持ちをこらえ、俺はディノに降参の意も込めて頭を下げた。

 忠誠の気持ちはだいぶ目減りしていたように思う。

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