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2-15 王子の理想

 とりあえず何かを食べようと食堂に向かえば、ケインがいつの間にか帰ってきて食卓に座っていた。

 残っていたパンをかじりながら、テーブルに置いた用紙に熱心に書き込んでいる。

 気配で俺がいることに気づいたのか、顔を上げずに手を挙げて応じた。

 

台所に積まれたパンの山から適当に選び取って食卓に戻る。無言でケインの向かいに腰を下ろすと、遠慮がちにケインは俺を見てすぐに書類に目を落とした。


「これ、王子サマの例の依頼なんだけどさ」


 ケインの物とは思えない整った文字を綴りながら、ペンと逆の手に持っていたパンの欠片を口へ放り込んだ。


「なあ、いいのか? シーゲル家ってさ――」

「俺の元恋人、ミルドレットの夫の家だな」

「……恋人を略奪されたって?」

 

 冗談でも言う様にケインは軽い口調で問いかけて来るが、下を向いたままの顔の頬が少しだけ引きつっているのがわかる。

 見なかったことにして俺も皿に載せてきたパンを一つ手に取った。


「それを探るのがお前の仕事だろ」

「聞き込みも仕事のうち」


 たしかに、ケインの言うことは一理ある。

 パンを一口食べて、記憶を探るように言葉を探す。

 思い出す必要はないのに、時間を稼いでケインの様子を窺った。どこまで話せばいいのやら。

 

「――フローレス家の当主、ミルドレットの父親が、俺を見限ってシーゲル家との縁談を結んだんだ」

「それで、引き裂かれた?」


 ケインは少しだけ遠慮がちな問いかけには、かぶりを振って応えた。 


「その時には関係が破綻しかけてた。だから、シーゲル家が何もしなくても終わっていたと思う」

「あのさ」


 勢いをつけて顔を上げて、ケインは一瞬躊躇うように口を開いてすぐに閉じた。ペン先で机を何度か突き、ややあってから再び言葉を発する。


「別に答えたくなきゃ答えなくてもいいけど。破綻って、きっかけはあったんだろ? 何があったんだ?」


 正面からその質問をされたのは初めてだ。

 呆気にとられるような、それでいて少しだけ胸がざわつく。

 答えなくていいなら答えなくても、と口を閉ざそうとして、やめた。

 隠すようなことでもない。


「母が亡くなって、手続きやら葬儀やら片付けやら、なんやかんや色々積もり積もって、彼女に会う時間が取れなかった」

「そう……だったのか」


 普通に考えれば遠ざけられていると受け取っても仕方ない。

 ただ母が自死と断定されて、躍起になってそれをひっくり返そうとして叶わなかったことで疲弊しきっていた。

 何も考えられないほどに。

 彼女に会う資格はない、なんて思っていた。

 後からどれだけ自分が愚かだったのか思い知るのかも知らずに。

 

 そんな日々が長く続いて、ある日、ミルドレットがシーゲル家の長男を引き連れて俺の前に現れ、俺に別れを告げた。

 それで完全に終わった。


「シーゲルと結婚して間もなく、ミルドレットは死んだ。病に倒れてあっという間だった」

「それって――」

「娘の死後、意気消沈した豪商フローレス当主も療養という形で街を出ている。――その後生死は不明」


 現在フローレス家の商売をになっているのは、シーゲル家の現当主だ。ミルドレットの夫の父親。


「色々と怪しいが、探っても何も出てこない」


 俺だって何もしなかったわけではない。

 伝手を使ってあの家に探りを入れたことはある。

 でも何にも掴めなかった。まあ、警戒されているだろうし、俺にやすやすと証拠を掴まれるほど迂闊だとは思っていない。

 ただ、打つ手がないのが歯がゆいだけ。


「豪商フローレス家って、俺の先生、ほら発掘現場の、考古学者の、あの人のパトロンだって聞いたことがある。代替わりして援助が打ち切られたって、そういうことだったのか」


 ミルドレットの父親は『死の商人』という二つ名が示すとおり、清廉潔白ではない。しかし、学術に造詣がある人間だったように思う。

 画家や、学者の卵なんかも同じように支援しているときいたことはあった。


「そっか、ありがと。参考になった」


軽く礼を言って、ケインは制作中の報告書へとペンを走らせた。

  

「けど、聞き出したみたいになっちまって、悪かったよ」


 もう一度顔を上げ、申し訳なさそうに眉を下げるケインに、「気にするな」とも言えず、ただ首を横に振るだけにとどめた。

 

 向き合わなければならないのはわかっている。

 わかっているのに、ミルドレットや母のことを口にすると息苦しくなる。


「ディノの依頼、拒否してもいいぞ。あいつは暴君だし」


 苦々しい気持ちを振り切るよう、話題転換だ。

 言いながらも、ディノの傲慢さを思い出してうんざりしする。これもあまりよい感情ではない。

 ケインが、このままあいつに取り込まれるのは気の毒だ。

 懐に入れれば、あいつ(ディノ)はケインもボロ雑巾のように酷使するのだろう。

 

「暴君? 賢君だろ、どっちかっつったら」


 ケインのセリフは、ディノの外面に対する評価だ。

 長く病床に伏す国王に変わって善政を施す賢王子だと。長年虐げられていたと言っても過言ではない俺からすれば「どこがだよ!」としか言えない。

 

「あの王子サマの目指しているものって、王制の廃止なんだろ」

「あ、ああ」


近しい者にしか、ディノはその理想を明言してなかったはず。


「生涯独身を表明しているのは、跡継ぎを作らないことで自分が最後の王になろうとしてる、違うか?」

「そうだ」

「周辺を王国に囲まれている中、どこから共和制なんて発想が出てきたのかはわかんねーんだけどさ」


 独立したばかりのフィルツの力は弱く、何度もラグエドに併合されかけたそう。そのたびに戦になった。

 戦争は、英雄と呼ばれる俺の父親のの台頭をきっかけに終戦を迎えたことになっている。

 ただその後、熱病の流行により人口は減り、復興で土地を切り売りして、それでなんとか国家として成り立っているだけだ。

 現在この国は、称号ばかりの貴族が威勢を振るっている。国王の権力をも奪い取る勢いで。

 ディノは国を国として成り立たせる為、貴族の力を押さえつけ、国民が飢えることなく生きることができる方法を貪欲に学んでいた。


「それこそ、砂漠の民の知識だったりしてな~」


 ケインは冗談めかして言って、鼻で笑い飛ばした。

 自称砂漠の民なのに、こいつも知らないのだろうか。

 

「なんで『砂漠の民』であるお前が知らないんだよ」

「そういう『情報』は共有されてないからな~」

「そもそも、本当に砂漠の民なのか?」

「俺? そうだよ。俺は砂漠の民の末端。あちこちで『情報』を集めて、砂漠の民に共有する。言うならば斥候的なもん」


 あまりにもあっさりと教えてくれたので拍子抜けしてしまった。


「自由の国っつってるけど、面倒くせーよな。この国。王をなくした共和制なんて絶対に受け入れらんねーぞ。貴族に権力が集まってるこの国じゃ」

「共和制?」

「平たく言えば王制をやめて、みんなが平民になって、その平民の中から代表者を選ぶって政治制度」


 ケインは俺の皿から素早くパンをつかみ取るとそのまま口へと運んだ。

 行儀が悪い、と睨み付けると肩をすくめて誤魔化すように笑う。

 こういうところもディノに似ていて少しだけ苛立ちを覚えて、同時に微笑ましい気持ちにもなる。

 複雑だ。

   

「でもそれは建前上の話。多分すぐに実現は無理だな。時間をかけて少しずつ変えていくしかない。時間の経過の中で独裁者みたいな奴が出てきたら礎を敷いてもひっくり返るからな。慎重に仕組みを作らなきゃならねーことだけはわかる」

「それがディノが目指すものなのか」


 それは国王派と言われる貴族第一主義派から嫌われるはずだ。

 特級階級を奪われてしまうのだから。

 そんな根本的に全てをひっくり返すような改革は、成功するのだろうか。


「でも、どんなに困難でもやるんだろうな、あの王子サマは。そういうとこすげえって思うし、素直に尊敬するけどな」


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