2-13 同じ喪失
正門手前でディノは足を止めた。
「母さんは、自殺じゃない」
ディノが「母」と呼ぶのは、育ての親である乳母、つまり俺の母親だ。
その呼称を聞く度に瞼の裏に浮かぶのは、生ぬるい夜の光景だ。
自室の梁にぶら下がるように事切れていた姿。
「知っている。自分で死を選ぶような人じゃない。だからそう証言した」
「だが、俺のところに上がってきた報告書には、ヒューの証言はなかったことになっていた」
それも知っていた。
母親の死、その時から俺は俺でなくなっていった。
途中までは墜ちてたまるかと矜持を保っていた記憶はある。
母が自死したことになって、ミルドレットが去り、そうしているうちに、正気ではいられなくなって、そうして気づいたら俺はああなった。
「母さんは殺されたんだ」
「……」
そんなことを口にするな、とディノを咎めることはできなかった。
言わなくてもわかる。
自殺を選ぶような人じゃない。だからディノ言うように誰かの手によって命を失ったのだろう。
だがその誰かはわからない。決定的な証拠は掴めなかった。
「ヒュー、ケインに頼んだシーゲル家の報告、結果が出たらお前が先に読んどけ」
「あの家を疑っているのか」
「お前の心から愛する女を奪ったあいつの家、少なくとも一枚嚙んでいる。俺の力じゃ暴くことは出来なかったが、砂漠の民ならもしかしたら……」
一縷の望みにすがるしかない、ということか。
散々手を尽くしたが母の死を覆せなかったのは同じだ。頷いておく。
「俺は出奔した時に貴族称号を国に返還してるぞ」
「……お前は、俺を誰だと思っている?」
既に一般市民の身で貴族に手出しはできない、と釘を刺すつもりで、逆にとんでもないことを聞かされてしまった。
国土自体大きくないこの国の貴族は領地を持たない。
税金の免除など市民よりは優遇されている部分は多いが貴族であることは名ばかりであり、ほとんど称号でしかない。
確かに資産を持つ家も多いが、我が家のように没落する貴族も珍しくはない。
そういった形ばかりになってしまった家は、書面のみで称号を返還することも可能で、当主であった母が亡くなった時にちゃんと手続きはしていた。はずだった。
「現在リヴァロス家の当主は、お前だ、ヒュー。英雄アルノルトの名家、ちゃんと守れ」
「……当主……」
思いも寄らない圧力がかけられ、咄嗟に言葉が出てこなかった。
いかにもディノのやりそうなことなのに。
「家名は持っておけ。まだ使える。少なくとも俺は使う」
本当に、こいつは、どうしてこうまでも傲慢なのだろうか。しかも俺に対してだけ。
答えは、わかっていた。
こいつがどんなに偉い奴でも、俺がこいつを家族のような身近な人間だと認識しているように、こいつもそうなのだ。
「父はもう長くはない。もう少しあれを隠れ蓑にして自由に動きたかったが、俺もそろそろ覚悟の決め時がきた。だから」
病いに倒れた国王が長くないのは、かなり前から言われていたことだ。
代行としてディノが勢力を伸ばしていたのは周知の事実。
そのディノからはっきりと「長くない」という単語が出たということは、本当にその時が近いのだろう。
「力を貸せ。俺の盾になり、剣となれ」
「……承知した」
ディノを真っ直ぐに見て頷けば、やはり満足気な笑みを浮かべていた。
「二日後に」
正門の兵士たちに声をかけ、正面から城に戻っていくディノを見送って、ようやく呼吸ができたような心持で一度深呼吸をする。
夜風に冷やされた空気が肺に落ちていく。
変わらないようで、変わっていく世界、か。
もう、俺も逃げてはいられない。立ち止まることも許されない。
最後に深く息を吐き出してから、帰路を駆け抜けた。




