2-12 忠誠の誓い
辺りに神経を張り巡らせながらも城までの道を行く。
もう十年以上も通い詰めている道だ。夜だからといって迷うことはないし、違和感があればすぐに気づくだろう。
「もう戻らないと思っていたから」
早足で水路沿いの小路を辿りながら、先に言葉を発したのはディノだった。
「帰って来ていて本当に驚いた」
「悪かったな」
戻ってくるなと言わんばかりのディノの言葉に、厭味を込めて言い返す。
裏通りである路地に人の姿はない。
貴族の邸宅が並ぶ場所から少し離れたところにある我が家から城の間にあるのは商店がならぶ商業地区だ。
ほとんどの店が閉店してしまうと、一気に人の影すらなくなる。
「戻ってきたらこき使おうとおもっていた。逃げるチャンスを失って残念だったな」
「退職願いは提出してる」
「そんなの握りつぶしているに決まってるだろ。お前は現在休職中になってる」
それぐらいやっていてもおかしくないから、驚くほどじゃない。
ただ腹は立つ。
俺がどんな気持ちでここを去ったのか、ディノにはわかっていたはずだ。
「勝手になかったことにするな」
「何も言わずに辞めようとするからだ。しっかり説明してから消えろ」
「言わなくてもわかるだろ」
「わかってもいても、ちゃんと言え」
家を出てからずっと、ディノは俺の方を一瞥すらしない。
拗ねているんだろう。
別に、蔑ろにしたわけじゃない。――わかっているだろうから、だから言わなくてもいい。そう考えていただけだった。
それに対しての、態度なのだろう。
「……次はない」
「わかってる」
「戻ってきたなら、俺に一生の忠誠を誓え」
ディノが足を止めたので、つられて俺も足を止める。
よくやくこちらを真っ直ぐこちらをみる目を、じっと見据えた。
「ああ」
帰ると決めた時に、同時にディノのことを考えた。
それは兵士になった時、いや、もっとずっと前、幼かった頃には決めていた。「家族を守る」という気持ちから目をそらすのはもうやめよう、と。
だからディノの言葉に頷くことに対して躊躇いはない。
ディノも少しだけ安堵したように、「当たり前だ」とだけ呟いて、再び歩き始めた。
「……そういうディノこそ、俺に言ってないことがあるだろ」
ディノの後ろを追いかけながらその背中に向かって投げかけると、ディノは沈黙を返した。
言葉が足りなくとも、俺が何を言わんとしているのかは通じているはずだ。そして、返答するにはバツが悪いのか言葉に窮しているに違いない。
「――お前がフローレス家の者と縁付くのは賛成できなかった」
「……認めたな」
「そうだ。お前を結婚させたくなくなかった。だから昇進試験も口実を作って受けさせてこなかった。――これで満足か」
本音を暴露するディノに文句をいう気すらわいてこないのはなぜだろうか。
もう全てが終わっているからか、それとも俺が諦めてしまったからか。
「そういうことを、ちゃんと話せよ」
「話したところで諦めたのか? お前が珍しく入れ込んでいたものを、諦めさせる権利が俺にあると?」
「給料は上げなかったけどな」
「諦めろというのもいやだった。でもあの死の商人と縁づくのもよしとできなかった。それだけだ」
『それだけ』で片づけるにはいささか犠牲が大きかったように思う。主に将来収入的な意味で。
ミルドレットと付き合っていることを、ディノが良く思っていないことぐらいわかっていた。
遠回しに阻害するのではなく、ディノが真っ正面から反対してきたら、もっと良い方に転がっていたんだろうか。
「いずれにせよ、これから先、貴族連中がお前に年頃の親戚の娘を縁づかせようと必死になるぞ。早急に従順な平民の娘を嫁に貰っとけ」
「はあ?」
「何も知らないような可愛い娘でいい。さっさと結婚しろ」
何を言われても怒らないだろうと予想していたが、今の言葉にはさすがにかちんときた。
「俺は結婚なんかしない。あんな思い二度としたくない。一生一人でいい」
言い切れば、ディノが横に並んで、冷めた目で俺を見上げているのがわかった。
「じゃあ一人で寂しく死ね」
「ああ、そうする」
「フローレス家の娘は、お前とは合わなかった。それだけだ」
「俺が!」
ドニといい、ディノといい、どうしてこんな言い方しかできないのか。
さすがに頭にきた。声を荒げてディノを睨む。
なるべく頭ごなしにならないようにとどこか冷えた感情がなんとか冷静になるように言葉を整えようとしているが、知ったことか。
もう彼女はいない。
いないからと言って冒涜するのも違う。
「俺がしっかりしていなかったから!」
「家族を失ってしっかりなんてできるわけないだろ!」
当時の俺の心境を、多分一番理解できるのはディノだ。
俺とディノは同じ立場で、そして当事者だった。
「だから、さっさと心の預けられるところを見つけろ。ここに根を張れ。もうどこにもいけないように」
「……」
どこにも行くな、と、ディノはそう言っているとわかるのに、素直に受け取れない。
「それに、英雄の血を引き継ぐ者はいた方が俺にとって都合がいい」
それも理解できる。父の存在は大きい。
俺一人では越えられない。
――だか。
「……そんなに器用に生きられないんだよ、俺は」
「知ってる。でもせめて努力をしろ。俺の片腕になるんだったら」
とてつもなく、困難な課題を投げつけてきやがった。正直うんざりだ。
「もし考えが変わって結婚したくなったら、まず相手に会わせろ。 見極めてやるから」
「余計なお世話だ!」
それは過干渉だ。抗議をせずにはいられない。
例え本当の兄弟のような存在であっても、それは踏み入って欲しくなどない。
「あまりあれこれ言われるのも窮屈だろうなと思って割と好きにさせていたら、いつの間にか出奔しやがったからな、二度と逃げられないように雁字搦めにしてやると決めた」
「やめろ。考え直せ」
「あんな思い二度としたくないと言ったな。俺もあんな思い二度としたくない。頼りにしていた奴にあっさり逃げられるなんて」
ディノの言葉には怒気が込められているのがわかる。
寂しいとか言うような奴ではないとは知っていたが、俺が逃げたことを裏切りだと思っているのかもしれない。
「……ディノ、世間じゃそれを我儘と言うんだ」
「子どもを諭すような口調で言うな。これは我儘じゃない。権利だ」
「横暴が過ぎる」
いつもの会話、というよりはやや棘がある言い合いにいい加減疲れてきた。
怒っているわけじゃないし、ディノのやっていることは冷静に考えれば酷いとは思うが恨むつもりもない。
「覚悟は決める。なるべく努力もする。だから過干渉はやめてくれ」
きっぱりとはっきりした口調で、ディノにそう告げると、ディノは俺を鋭い目で射抜いたが、ややあって息を吐いて、視線を下へと向けた。




