2-11 表敬訪問
仮にも王子がふらふらするな。
そんな気持ちを込めて、睨み付けても全く堪える風もない。
ここには、何度も来たことはある。だが、それは護衛が付いていての話。今は護衛の気配すらないから、本当に一人で来たのだろう。
仮にも一国の王子が、とはいつも言われている言葉だった。聞き慣れ過ぎていてもはや何の抗力もなさそうだ。
「ここは久しぶりだが落ち着くな」
と、しみじみとした様子で呟いているのは最後に会ったときと何も変わっていない。
いや、ほんの少し痩せたかやつれか、どこか気だるさを纏っているようにも見えた。顔色が少し悪いせいでそう見えるだけかもしれないが。
「はいぃ!? 王子――殿下!?」
1テンポ遅れて、ケインが大声を上げて立ち上がった。
俺とディノの顔を指さしながら見比べ、ディノをじっと見やっている。
――多分これが、正しい対応なのだろう。王子相手に若干不躾だが、本人は一切気にしていないからわざわざ指摘するつもりもない。
逆に興味深そうにケインを観察している。
「あー、えーと、ヒューとはどういうご関係で?」
「こいつの母親が俺の乳母だ。つまりこいつは俺の乳兄弟」
「はあ……。ああ、そう、でしたっけね」
端的なディノの説明に対し、ケインは意味深げに返した。
俺が何者なのかは、うすうす気づいていたのだろう。触れてこなかったのでわざわざ話さなかっただけだ。別に隠しているつもりもなかった。
「弟が世話になったみたいだな、フィルツ第一王子のディノだ」
「えぇっと、俺――自分はケインと申します」
ディノが差し出した手を、ケインが動揺したまま握り返した。
「気にするな。普段通りで頼む」
「いえ、世話になってるのは俺の方なんで、なんつーか、お世話になってます?」
じろじろ見られて落ち着かないのか、離された手を引っ込めケインは助けを求めるように俺に視線をよこした。しかしディノは止めても止まるような人間じゃない。一人で城から抜け出してくる行動力から判断してもらいたい。
「ケインはこの辺りの人間じゃないな?」
「……隠す必要もないんで言いますけど、通称『砂漠の民』ってやつです」
そう名乗った瞬間、ケインの目つきが変わった。
――やっぱりケインは、砂漠の民なのか。
驚きは内心にとどめ、こっそりディノの様子を窺うと、こちらも少しだけケインを見る目つきに変化が見られた。悪い癖が出ている。
「でも俺、商人でも技術屋でもなくって、単なる出稼ぎなんですよ」
「へえ」
似たような雰囲気を醸し出しながら、お互いを探るような視線を送り合っている二人。――よく似ている。
「ならば、お前はこの地に何をもたらすんだ、砂漠の民?」
「俺が扱っているのは、――まあ『情報』ですかね」
警戒を緩めず、ディノを見るケインの目は真っ直ぐでそして真剣だ。
ディノに素直さを足せばこういう感じになるのかもしれない。
「情報……ね」
「安売りはしませんけどね」
「なるほど。わかった。じゃあ、言い値で買う。一つ情報を売ってくれ」
ディノは笑みを浮かべるほどの余裕がある。
しかし、この表情から、ケインの言動や態度はディノの興味を引くのに有り余るほどだったということだろうか。
それは良いことなのか、悪いことなのか。
「シーゲルという家名の貴族の情報を売ってくれ」
その名前にケインは一瞬俺に視線をよこした。浅く頷くとケインはすぐにディノに視線を戻す。
――やはり知っていたのか。
ディノも俺を一瞥すると、悪ガキみたいな笑みを浮かべてケインに向かって言った。
「――なるほど、期待できるな?」
「三日、いや二日で。時間、いただけますか?」
「わかった。じゃあ二日後、また来る」
「来るな」
勝手に決まっていく話に、思わず口を挟まずにはいられなかった。
来るならせめて護衛を連れてこいと言いたい。
「乳兄弟がうるさいからそろそろ城に戻るか」
「城までは送る」
「過保護だな、弟」
弟、弟と言っているが、ディノよりも俺の方が生まれたのは早い。
だが、何度抗議しても変わらない。言うだけ無駄なことはわかっている。
黙って立ち上がれば、ディノはマグカップのお茶を飲み干してから席を立った。




