2-8 大ホラ吹き
「あいつは元気でやってるか? もうかれこれ15年ぐらい会ってないが」
「……先日、亡くなりました……」
「そうか……」
目線を下に落として告げるセフィに師匠も力なくこぼした。
「……病気か、事故か、殺しても死ななそうなあいつがなあ」
「……災害」
セフィは自分の両手で着用している衣服をかたく握りしめて、絞り出すようにその単語を口にした。
災害? 何の話だ?
「町、全体が、災害、に見舞われて、それで……」
セフィの声が震えていた。顔は下に向けたままで表情は窺い知ることはできない。尤も顔を上げていてもあの虚無感しかない表情から心情を探ることは不可能だっだであろうが。
「皆、助からなかった……んです……。父も、同じように…… 」
そこまで言うと、セフィは突然糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちた。
慌てて駈け寄れば、倒れ伏したまま規則正しい寝息をあげている。
いつもの、か。
「おい、大丈夫か?」
「寝ているだけのようです」
「病気なのか?」
「違うと聞いていますが」
見る限りは普通に眠っているような感じだが、どこか打ち付けていたりするのだろうか。
若い娘をあまりじろじろと観察するのは躊躇われて簡単な目視にとどめておいた。
それにしたって、災害とは何の話だ。町が一つなくなるほどの災害なんて。
浮かんだのは、流行病だ。
老いも若いも関係なくたくさんの命を奪っていった恐ろしい病。
「ヒュー、カッシュという奴は大ボラ吹きだった。その娘は?」
セフィが嘘をつくかどうか、正直それほど関わりは少ない。判断材料は足りない。
ただ嘘をつくような余裕がないのはわかる。
連れのケインは事実を煙に巻くような癖があるとは感じているが、この娘はそういう感じはない。
本当のことすら口にできていない。
「少なくとも冗談を言える状態にはないかと」
「町一つ消えるほどの大災害なんて聞いたことがない」
確かにそんな災害が起こればどこからか噂の一つぐらい耳に入りそうなものだ。
「もし、その父娘が嘘を吐いていないのであれば、災害で滅んだのは砂漠の民ということになる」
「砂漠の民?」
なんでここでその商人集団のの名前が出てくるのだろう。
「カッシュは砂漠の民を自称していた。死の砂漠からやってきた、と」
「死の砂漠」
フィルツ南方に広がる、言葉どおり生き物を拒むような灼熱の砂漠だ。
砂漠の民の故郷が死の砂漠だなんて、どう考えてもあり得ないだろう。
「夢のある冗談ですね」
砂漠の民が扱うのはまるで魔法のような商品と、この街の水路のしくみのような高い技術力や知識だと聞いていた。
俺も幼い頃一度だけ砂漠の民に遭遇したことがあったが、本物の魔法使いだと感じたことは鮮明に覚えている。
「だろうな。……だが、俺にはその娘が嘘を吐いているようには見えない。災害というのは一体どんなものなんだ?」
『恐ろしいものだ』
師匠の自問にも聞こえる問いかけに、あの時のケインの台詞を思い出していた。
もっと恐ろしいもの。
セフィの言う災害がそれだとでも言うのか。
一旦、セフィを背負って自宅に戻り、彼女を寝かせて再び外へ赴く。
何か用事があるわけじゃない。だがずっと自宅にいたくないだけだった。
そんな思春期のガキのようなことを思いながら、先刻訪れていた噴水広場のベンチに座って噴水を眺める。
小さな人口池の中心に置かれた台の上からふきだした水がボウル状になった台に溜まり、少しずつ池へと落ちている。
池の水は街を巡る水路へと流れ込む。
当たり前の光景だ。
セフィは随分と興味深そうに眺めていたが、何がそんなに面白かったのだろうか。
「おおい、ヒュー! 何してんだ!」
背後から声をかけられ振り返れば、幼馴染のパン職人のドニが立っていた。
「さっき、ヒューが何か女の子誘拐してたって噂を聞いて」
「どんな噂だ」
多分セフィを背負っていたのを見られていたのだろうな、と見当がついた。
どこをどう歪曲したらそう伝わるのか、これだから地元は……!
「身代金の要求?」
「家で預かってる女の子だ」
「ああ、最近お前んちに誰かいるって噂になってたな」
人というのは噂が好きなだ。特に知っている人間の噂は。そんなことはわかっていたし、別に噂されても困るようなことをしたつもりはない。
だが、これだから地元の人間っていうのは……!
「それより、もしかしてヒュー、今暇だったりする?」
「ん? ああ、とりたてやらなければならないこともない」
「ほう、じゃあさ、飲みに行かね?」
親指を酒場の方へ向けてそんな誘い文句を口にするドニに、呆気にとられたまま、とにかく頷いた。




