2-7 散策
「きれい……」
翌日、さっそくセフィを散歩という名目で外に連れ出してみた。
水路と並行する街路を辿り、街の中心に位置する王都の象徴的な噴水広場まで歩く。
噴水を目の前に、セフィはぽつりとそう漏らした。
ここフィルツ王国の首都が水の街と呼ばれるのは、街全体を巡る水路が整備されているからだ。
各家庭にも水道管が通され、わざわざ共同水道までいかなくても家で水を使用することができる。
排水は地下水路を通って、浄化されて川へと排水されているらしい、が詳細はよくわからない。
「郊外に雨水を貯めてある貯水池があって、そこから街全体に水を流しているらしい」
「雨……。……川から水を引いているんじゃないんですか?」
何となく解説をすれば、ぼんやりとした口調で問い返されてしまった。
「雨も降るし、河川から引くには大工事になるからってどこかで聞いたな。貯水池をいくつか作った方が効率的だとか」
「貯水池……」
「見たいのか?」
何となく興味がありそうな感じがしたので聞いてみれば、セフィは大きく頷いた。
郊外の貯水池までやってきた。
中に入れないが、セフィは細かく移動して角度を変え熱心に池を眺めている。
観光ってこれでいいんだろうか。
「オーバーフロー管……みたいなのついてる……、雨水枡の応用……このまま、街の中に流して……」
何か小声でぶつぶつ言っているが聞き取り切れない。
ただものすごく好奇心が刺激されているのだということは伝わった。
多分、連れてきてよかったんだと思う。何か、同じような年頃の娘が喜びそうなところは外していることはさすがの俺にもわかったが。
「……雨水の水量だけじゃ……水圧が足りないはず……?」
しばらく何かを呟いていたセフィだったが、我に返ったようで大きく首を横に振って俺の方へと振り返った。
「連れてきてくださって、ありがとうございました」
「ああ。もういいのか」
「はい」
頭を下げて礼をするセフィに聞いてみると、セフィは頷いて応じた。
想定以上に遠くまでやってきてしまって、これからどうすべきか少し悩む。
「近くに俺の剣の師匠がやっている道場がある。顔を出そうと思うがセフィも行くか」
「……はい、行ってみたいです……」
年頃の娘にその提案はどうなんだろうと自分でも疑問には思ったが、躊躇いなく提案に乗ってくるセフィもちょっとだけどうなんだ、と思う。
だが誘っている俺が言えた言葉でもないからそれは口にしない。
「ケインに聞いたんだが、セフィの家も道場なのか」
「……いえ、父が道場を持っていて、家はごく普通の民家です……」
住むところと別に道場があるのか。
師匠のところは住居も兼ねているので、稽古が終わったあと師匠父娘と共に夕食を食べたりすることもあった。その娘には弟子全員がこき使われて泣かされることが多かったから、いいんだか悪いんだか。
住むところが別ならばプライベートが守られるのか。そういう形だったら、泣かされることもなかったのかもしれない。
貯水池から師匠のところへと足を進めながら、そんな会話を交わす。
何だか今日のセフィはいつもよりもしっかりと意識を保っているように思えた。
「ヒュー、お前なあ」
セフィを連れて、師匠の寛ぎの空間に顔を出せば、開口一番苦情めいた声が出てきた。
「逢引すんならもっと適した場所があるだろうが」
「家で預かっている客人です」
「若い娘が喜ぶようなところじゃないって言われなけりゃわからんのか」
さすがに色々鈍いと言われていた俺にだってそんなことは承知だったし、本当にいいのか? と疑問にも思っている。
ただそのセフィといえば、俺と師匠のやりとりを意に介さない様子で物珍しそうに辺りを見回している。
「……あ、あの、お邪魔、します……」
俺の視線に気づいたのか、セフィは慌てて師匠に頭を下げる。
師匠は師匠で若い娘に敬意を示されれば悪い気はしないのだろう。少し剣呑だった空気が和らいだのがわかった。
「あんまりおもしろいもんはないだろうけどな……?」
「……いえ、広くて、羨ましい限りです」
「!」
師匠は何かに気づいたようにもう一度セフィを凝視して、すぐに俺に視線を向けた。
「あれは、どうしたんだ?」
「何かがあったようなんですが、詳細は聞いていません」
セフィの表情の乏しさに気づいたのだろう。
正直に答えると、師匠は少しだけ眉根を寄せて顔を更に顰めた。
「……なあ、お嬢さん、カッシュという名の親戚がいたりしないか? 刀を使う男だ」
刀? 短刀を振り回していたセフィの顔を窺えば、表情のない顔から更に表情を消したような、少しだけ青ざめているようにも見えた。
知っている人物なのだろうか。
「カッシュは父の名前です……」
「ああ! そうか、同じこと言ってたから、もしかしたらと」
「同じこと?」
と、俺が問いかければ師匠は口元を緩めて笑った。
「『広くて羨ましい。俺が勝ったらここを貰う』とな」
「道場破り?」
「父が申し訳ございません」
慌てて深く頭を下げるセフィを止めてし師匠は大声で笑った。
「いや、あの時は若かったから思い切り半殺しにしちまって、俺も大怪我を負った。だが、いい勝負だったし、いい経験だった。今となってはいい思い出だ」
……いい思い出か、それは?
「そうか、娘か。よく似ているな」
「似てる……」
セフィが少しだけ嫌そうなのが気配で伝わってきた。
やはり娘に「父親に似ている」と言うのは禁句なのかもしれない。
先日のエセルの様子を思い出して一つ学んだ気分になった。




