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2-6 懐かしい味

 夕方には師匠の元を辞して帰路を辿る。


「あれ、ヒュー、今帰りかー」

「ケイン」


 郊外から中心部へと抜ける道を行けば途中でケインにつかまった。

 どうやら図書館の帰りのようだった。


「今日は遅いな」

「資料のまとめが大詰めでさ、ついつい長居」


 そんなことを言いながらケインは俺の横に並ぶ。


「ちょっと付き合ってくんない?」

「付き合う? 何に?」

「商店街」


 何だかよくわからないが別に用事もない。

 ケインと連れ立って商店街へと向かう。


「たまにゃ夕飯買って帰ろうって思ってさ」


 ここのところ、セフィに任せきりだろ、と言われて、確かにと頷く。

 家は隅々まで清潔が保たれ、出かけて帰ってくれば食事が用意されている。よくよく考えてみればなんとも快適な生活である。

 故郷に帰ってきた時はまだアルコールの影響下におかれていたが、今やすっかり健康体であると言っても間違いではないだろう。

 食生活一つで心持ちも大きく変わる。

 怯えてばかりだった心はだいぶ小さくなった。震えることなく墓地まで行くことができるようになった。


「フィルツの料理って食ったことないんだよなぁ」

「元はラグエドの属国だったから独自の文化はないぞ」

「それでもさ、この間のパン、あれもさ、特徴みたいなのあったぞ? 住んでるからわかんねーだけじゃん」

「そういうもんか」


 ラグエド本国は、言語も通貨もここフィルツと変わりがない。

 独立して別の国になってはいるが、他国だという感覚は薄い。


 夕暮れ時の商店街は人でごった返している。

 いつもなら横目で眺めるだけだが、ここに入っていくのかと思うだけで気が重くなる。


「調理済みのもんを扱ってる店ってあんの?」

「ああ」


 聞いてくるケインを先導しながらも歩く。

 ここも、まあ、子どもの頃から親しみがあると言えばある。

 商店街の中央辺りに位置する露店を覗く。


「お! ヒューじゃん! 帰ってたってマジか!」


 やっぱりか。

 ここにも同窓生はいる。


「久しぶりだな」

「買ってけよ」

「じゃあ、いつものを五つで」

「おう! 待ってな」

 

 そいつは背後においてある大きな鍋へと向かって行った。


「いつもの?」

「肉団子のフライ」

「へぇ、美味いのか?」


 正面切って聞かれると、どう答えたらいいかわからなくなる。

 美味いといえば美味い、が、それよりもガキの頃から慣れ親しんだ味だから懐かしいが妥当なのかもしれない。


「美味い」

「確かに最近揚げ物って食ってないな。ってか揚げたてを売ってくれんのか」


 しばらく待っていれば出来上がったようで、ほんのり湯気があがっている紙包みを渡された。

 代金を支払うと、更にもう一つ紙包みを渡された。

 

「おまけ。焼き栗、好きだろ、これ。ヒュー。ちょっと痩せたってか、やつれたよな。たくさん食べてくれ。嫁も心配してる」

「ありがとう」


 嫁さんは一学年後輩だったはず。面識はある。

 俺の事情をわかっていてくれるせいか、どこかよそよそしさも感じるが、心配されているのはよくわかる。

 そして焼き栗は結構嬉しい。


「お礼なんていいからさ。嫁の弟がヒューのファンなんだってさ。今度遊びに来てくれよ。義弟がすっごく喜ぶし」

「……弟って……」


 ケインが複雑そうに小さく呟いた。気持ちはわかる。俺も微妙な気持ちだ。


「まあ、俺も嫁も、お前の味方だからさ。そんだけ」

「ああ」

「まいどっ! また買いにこい」


 威勢良くそう言う友人に背を向け、帰路へと足を進める。ケインも着いてきた。


「……何だ、ふつーに笑うんだな、ヒュー」


 不思議そうに、そしてどこかがっかりしたような様子で彼は言ってくる。


「はぁ?」

「ってか鉄面皮かなんかだって思ってたのに」

「だから、何の話だって」

「今、普通に笑ってたからびっくりしたってこと」


 笑ってた? 驚いてケインを見つめ返す。


「あれ、自覚なかった?」

「……ない」


 ケインはやはり不思議そうな様子でまじまじと俺の顔を見るので何だか気恥ずかしくなってきて、俺は顔を逸らすと真っ直ぐ前を見て自宅へと向かい進める足を速めた。


「あ、ちょっと待ってくれよ!」




「おかえりなさい」


 相変わらずの無表情でセフィが俺たちの帰りを迎えてくれた。

 慣れてきたような気がしていたが、家に誰かがいるのは少し落ち着かない。

 ここの家人が誰かの帰りを待つことなどほとんどなかったから。

 何よりも、こんなに長い期間家に居るのも何年ぶりなのか。


「約束どおり夕飯買ってきたぞ~、俺じゃなくてヒューが」

「ありがとうございます」


 虚ろな目が俺を見る。「おかえりなさい」には違和感があるが、この目には少しだけ慣れてきた。

 

「つーわけで、飯だ、飯!」



 購入してきた肉団子のフライと、ドニのパンで食卓を囲む。

 肉団子は日替わりで中に詰まっている物が異なる。今日は卵が入っていた。たまに外れるから今日は当たりだ。


 ケインが色々しゃべり倒しているが、これにも慣れた。

 適当に相槌を打って流す。

 こんなに賑やかな食事風景なんてこの家にはなかった。――いや父が生きていた頃には普通にあった風景だったのかもしれないがあまりに記憶に残っていなかった。


 食事が終われば後は寝るだけだ。

 用意されていた燭台からろうそくを一本拝借することにした。

 溶けた蝋に気を付けながら摘まみ上げていれば、テーブルに突っ伏しているセフィに気づく。

 寝てしまっているようだ。


「寝ちまったか。多分起きると思うからそのまんまにしといてやって」


 ケインも気づいたのかそんなことを言ってくる。

 このままって、いいのだろうか。


「運ぶか?」

「いいって、そこまで甘やかすなよ」


 二人が使っている部屋は二階にある。

 抱えていくのも大変だろうと申し出てみたが、あっさり断られてしまった。

 甘やかしているようでいて、ケインは意外に厳しい。

 

「でも、もし時間があればなんだけどさ」


 部屋に戻ろうとする俺の背中にケインが言葉を放った。


「セフィを観光にでも連れてってやってくんない?」

「観光?」

「俺の方手伝わせてもいいけど、セフィは歴史とか地理とかそういうのあんま得意じゃないんだよな」

「ああ、別にいいけど」


 敢えて観光に行くような場所などあるのだろうか。

 振り返った体勢で考えを巡らせていれば、俺の思考を呼んだのかケインは苦笑いを浮かべた。


「水路とか、街並みとかそんなんでいいから」

「そういうもんか」

「あと商店街とかもさ。異国だからどこだって珍しいんだって」


 ケインが連れて行けばいいだろうと思ったが、こいつはこいつで忙しそうではある。

 俺の方が時間を持て余しているといえば、そうなのだろう。


「別に強制じゃないし。面倒だったらやんなくてもいいし」

「わかった」

 

 多分セフィは外出すらしていないのだろう。

 どうせ何か予定があるわけではない。明日にでも連れ出してみようか。

 そう思いながら部屋に戻った。

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