2-5 故郷の時間
「じゃあ食うかー」
上機嫌でパンを皿に盛ったケインが俺の方を向いてそう言った。
勝手に食べればいい、と口を開きかけたら、食堂の扉を指さしてケインは続けた。
「食卓は皆で囲むもの、だろ」
ケインとセフィの両者の視線を受け止め、俺は何となく勢いに押されるように頷いていた。
食事の恵みへの祈りを捧げて、目の前のパンを手に取った。
見た限りでは店で売られているパンと何も変わらない。あいつは本当に腕を上げた、でいいのか。
大昔に試作品と言って出された外側が真っ黒で、中身が生だった酷い出来のパンを思い出して少しだけ懐かしさに浸った。
そんなドニが自信をもって店に並べるパンを作れるようになるなんて、感無量だ。
そして、エセル。最後に会ったのは、多分葬式だったと記憶している。
あの時、俺は正気ではなかったと自覚がある。エセルも遠巻きにしていて声をかけてくるようなことはなかった。
あれは気遣いであり、見放した気持ちもあったのだろう。
あの時にも、エセルは赤子を抱えていた。そして傍らに歩きはじめたばかりの小さな子どもがもう一人。
また新しい命を抱いていた幼馴染は、変わっていないようで、先に進んでいるように思えた。
俺が立ち止まっても、彼らは自分たちの生活を送っていく。
取り残されたような気もしていた。
ここ一年ぐらい、俺は後退しているのではないだろうか。
「焼きたてだから、余計に美味い」
ケインがそんなことを言って、先ほどセフィから問答無用に奪い取ったパンを半分セフィに分け与えている。代わりにセフィの皿にある他のパンを奪い取っていたが。
子どもかこいつは。
「美味しい」
かみしめるように、セフィも言う。
俺も手の中のパンに噛みつく。普通に食べられるし、ドニが作ったものだと思えば旨さもひとしおだと思った。
***
それから数日間、故郷でのんびりとした毎日を過ごした。
ほとんど師匠の所に行って、職人への斡旋も行っている師匠に折れてしまった剣の修理を頼んだり、剣を交えたり、掃除を手伝ったりしていた。
「お前な、親の形見なんだろ。大事に使え」
剣の扱いについては強い口調で苦言を呈された。自覚があったので甘んじて受け入れるしかない。
手入れを怠っていたせいで、だいぶ刃こぼれもしていた状態からの折損だ。
俺としては柄さえ残れば構わないと思ったが、刃も修復してくれる職人を紹介してくれたのそのまま修理に出すことになった。
かなり値が張るし、時間もかかるが仕方ない。数少ない父親の形見だ。直せるのならば直したい。
引退してから数年が経過しているが師匠は師匠だ。
鈍っている感覚を研ぎ澄ますための鍛錬には前のめりで指導をしてくれている。
たったの数ヶ月だ。
剣に触れていなかったのはそんな短期間だったというのに、かなり感覚が狂っていた。
何より、今まで出来ていたはずのことができなくなっている。
何を失っても構わないと考えていたのに、気づいてしまえばとても平常心ではいられなかった。
無くしたものを取り返すのは並大抵のことじゃない、と師匠に言われれば身も引き締まる。
「お前、本当に剣が好きだなあ、やっぱここ継げ」
「遠慮させてください。今に婿がきます、多分」
好きという気持ちはよくわからない。
ただ、剣を持てない自分は、もはや自分じゃなくなるような感覚はあった。
それは好き嫌いとは別の次元のようにも思えた。
基本的な素振りをしていれば無心になれる。そういう感じは好きだといえば好きかもしれない。
道場を継げと言われても、師匠の一人娘がどう考えているのかわからないから安易に返事もできない。
あの大魔王はここに戻ってくるつもりがあるのだろうか。
そういえばセフィも道場の娘だとケインが言っていた。
彼女も道場を継ぐのだろうか、と、アルヴァーの剣を器用に捌いていた様子を思い出してそんなどうでもいいことを思った
多分師匠もあの刀術には興味が引かれるのだと思う。
結局はこの人こそ剣や剣術の類が『好き』なのだ。引退するにはいささか早すぎたのではなかろうか。




