5-15 意気投合
口に入れた瞬間に雲がじわじわと溶けていく。
「甘い」
「感想がそれ?」
おかしそうに笑い声をあげて、セフィは手元を操作して缶の回転を止めた。
彼女の手にした棒にはセフィの顔の大きさぐらいの雲の飴ができている。
本当に器用だなと感心してしまう。
「懐かしい、気がする」
子どもの頃好きだった甘味だ。
以前これを食べた時は、流行り病からの復興が少しずつ進んでいたように記憶している。
ようやく身近な人間の死を受け入れられるようになり始めた頃。
父が亡くなり母は仕事のため不在なことが多く、孤独を感じていた時に砂漠の民の見せてくれた魔法のような品物やお菓子が子供心に染みていた。
あれと同じ菓子にまた出会う日がくるなんて誰が想像したか。
「これにて、砂漠の民の魔法はおしまい。 またの機会がございましたら、その時にはぜひごひいきにっ」
そう言って、セフィも雲の飴をぱくりと口に含んだ。
「その口上、決まり文句なのか」
「うん」
その口上も記憶にあった。
『またの機会があったら』その言葉に砂漠の民が去ってから何度も俺を含めた子どもたちはその場所に集まった。その『機会』を見逃すことがないように。
まあ、その後は二度と会えないまま大人になってしまったわけだが。
それでもまたあの魔法を見て味わいたかった。そんなことを思っていた自分の幼さが恥ずかしいような、むずがゆいような。
無言で飴を食べて気恥ずかしさを紛らわせる。
「べたべたになっちゃった。受け皿がないとダメだな」
セフィはセフィで一人で反省会をしているようで、独り言ちながらも飴を食べ進めている。
彼女の言う様に、棒に絡めきれなかった飴が空中に広がったのか、確かに何となく体中がべたべたしているような気がする。
「魔法も種明かししちゃえば単純なものでしょ」
「いや。昔のままだ」
昔感じたまま、魔法の菓子で間違いない。
魔法の菓子を作り出す装置をわざわざ作ってくれたセフィにはやはり感謝しかない。
いつか同じものを食べた時には今日のことを思い出すのかもしれない。いい記憶としてなのか、それとも苦い思い出としてなのか、――完全に失態を犯した後の苦い思いを思い出すんだろうな、恐らく。
「さっき、家があった辺りにも行ってきたんだけど、居住区はここよりもまだ形が何とか残っているところが多くて。家も水道が使えたからちょっと手を加えたらお湯も出るかも」
セフィ自身も装置作りが楽しかったのか、幾分か明るい声音で言ってくる。
「後で案内するね。砂糖だからべたべたするし、ヒュー、血まみれだから」
「助かる」
顔や手は洗い流せたが、着ている物に付着した血はそのままだ。服の下にもしみ込んでいるのか貼りついているような感覚がある。
何とかしたいとは思っていたから、水が浴びられるだけありがたい。
「私、こういう物を作る専門家になるための勉強をしてたから」
飴にぱくりとかみつきながら、セフィが言う。
「物作りとはちょっと違うけど、この都市内のシステムを修復する仕事に就きたくて」
「前に言ってたな」
物を作るのが好きだと言っていたのを覚えている。
それを仕事にしたいというのは初耳だった。
だが驚くような話でもない。
「技師見習いってのが正しい肩書かな。学生っていう立場だけど、実際に現場に行って職場研修をしてて」
「職場研修?」
「うん。まあ研修生と言う名前の体のいい労働力って感じ」
何だかセフィの言葉に自嘲めいた響きが混ざったような気がした。
研修生とか見習いの立場の人間をこき使うのはよくある話なのかもしれない。
俺も兵士見習いだった頃は――いややめよう、できれば掘り起こしたくない日々だ。自分もバカなガキだったが周囲にも色々問題があった。
「ここでの最後の記憶は二十日ぶりの休みの日。二十日だよ!二十日!来る日も来る日もシステムのエラーと戦って、故障があればどこまでも修理に行って! 職場で気絶するように寝て、家に帰る日なんてほとんどない。それで気づいたら二十日……」
遠い目をするセフィに似たような勤務状態だった俺もあの日々を思い出してしまい思わず遠い目になる。
「しんどいよな、十日ぐらいまでは日付の認識はできてるのに、日が進むにつれて日付どころか昼も夜もわからなくなってくる」
「そう!本当にそう! この広場は近道するために毎日突っ切ってた場所なんだけど、通る時は生きていないような心地で歩いたことしかなくて」
生きていないような心地という表現がよくわかる。
すごくよくわかる。
「ここでの思い出はそんな生きてるんだか死んでいるんだかわからない日々ばかり、だと思っていたんだけど、いつか外に出てってやるとしか思ってなかったんだけど」
まあ、確かに若いうちからそんな生活してたらそういう考えになっても不思議はない、か。
俺が見習いだった頃は――学生やりながら城勤めをしていた一番きつかった時期だ。
反抗心さえ抱けないほど消耗させられていたからそんなことを考える余裕もなかった。
「――でも、ちゃんと愛着はあったんだなって、帰ってきて実感した」
「そうだな」
「でね、ここから先は愚痴」
……愚痴?
「二十日だよ、連続勤務記録更新で、それでようやく家に帰ってきてゆっくり過ごすつもりだったの! なのに、妹に誘われるがまま出かけたら<虫>に全部食い尽くされるってどういうこと!? って思わない!?」
愚痴というか、シュールな叫びすぎて言葉が出てこなかった。
「そのあとは、なにがなんだかあやふやな状態になって、気づけば一人になってたって、どういういやがらせっ!?」
心の底から叫んですっきりしたようだ。
セフィは力なく笑ったがその表情に翳りはほとんどない。
こうやって聞くと、セフィのそう長くない人生は波乱万丈どころの話じゃない。
だがそれは俺も同じだ。
母親が自殺に見せかけて殺されて、ミルは心変わりした挙句に変死、ディノが謀殺され、アイリが発狂して故郷が壊滅、と。なんて人生だ。
他人ごとのように羅列してみれば試練とかそういうのは超越していて、嫌がらせだなとしか思えなかった。
「私が何をしたっての!?」
俺が一体何をしたっていうんだ。
「あ、お湯出た」
家と呼んでいいのだろうか。半分ちょうど上半分が消滅していて、近隣の建物の崩壊による瓦礫でつぶされたようになっている建物の中だ。
それでも確かに広場の辺りに比べればかろうじて建物の形は残っている。
同じようにかろうじて形を保っている建物が立ち並ぶ場所の一画へセフィは俺を連れてきて、家の中に入り込んで何かをいじっていたかと思えばそんな明るい声をあげた。
「シャワーいけそう! どうぞ入って」
弾むような足取りでセフィは家の中に入るように俺に促した。
廃墟の中のバススペースなのか、奇跡的に瓦礫に埋まらずのこっていたシャワーと水栓がある場所へたどり着く。
「この赤いノズルをひねるとお湯が出るよ。突然水になったり急に熱すぎるお湯が出たりはしないはず」
「セフィ」
てきぱきと実演しながら説明を終え、足早に去っていこうとするセフィをとっさに呼び止めた。
「先に浴びれば――」
「あ、えぇっと、私ヒューのこと信頼してるんだけど、さすがにここで脱げるほど羞恥心捨ててないので!」
大声で言い放ってセフィは逃げるように行ってしまった。
まあ、ちゃんと考えればそうだ、よな。
だが、以前湖で気にせず水浴びをしていたセフィからそんな発言が飛び出すとは思わなかった。急にどうした、という気分だ。
一応は年頃の娘なのか、と認識を改めほぼボロ着と化してしまった衣服を脱ぐかと裾を持つ。
「ちょっと待って!」
唐突に、肩で大きく息をしながらもセフィが戻ってきた。
その勢いに若干引きつつ、セフィが差し出してきた衣類と思われる一式を無言で受け取った。
「着替えとタオル。使って。ではごゆっくり」
セフィは早口でそう吐き捨てると、再び走り去って行ってしまう。
普段はさっぱりしているのに、あれは恥じらっているのか?
いつもと調子が違うセフィがおかしく、俺は思わず笑いを漏らした。




