5-14 雲のような魔法の飴
広場を中心に東西、南北とクロスするように道が敷かれており、縦横無尽に細かい道でつながれている構造だ。だが道のほとんどが瓦礫に埋もれてしまっていて歩くには困難が伴う。
建造物という建造物のほとんどの大半が消えてしまっていて、元の形すら想像できなかった。
あれから一度も戻っていない故郷を思い出す。瓦礫だらけと化した街は以前の姿を一切保っていない。
首を振って踵を返した。
「あ、ヒュー」
先程の場所に、先にセフィが戻っていた。
何やら作業をしているようだ。立ったまま様子を窺っていると、セフィは少し太めの金属の棒に大きな布を纏わせると、地面に立てかけ俺の方へと顔を向けた。
あっという間に小さな天幕が建てられた。
「簡易テントを見つけたから、良かったら使って」
あの商人たちのアジトとなっていた天幕よりもかなり小さいがある程度風雨や日差しは遮ることができそうな天幕だった。
セフィは天幕の中に持ってきた敷布を敷いて俺に中に入るように誘った。
中がどうなっているのか好奇心もあり中に覗き込むような形で頭を突っ込んでみる。
布に覆われた空間という感じだ。そのままか。
「靴脱いで横になれば休めるよ」
「いや、でも……」
「休める時に休む! 鉄則でしょ!」
強い口調で言われれば従うしかない。
大人しく履物を脱いで天幕の中に転がった。
横になると同時に力が抜けた。忘れていた疲労感を思い出していた。
色々あって、地下都市に辿り着いて、それで――。
今は<虫>に対抗する力がないから、起きていたところでやることは何もない。
できることはなにもない。
だから、少し休もう。
「おやすみなさい」
遠くで優しく響くセフィの声が聞こえた気がした。
<虫>が現れても何もできないということは、<虫>を警戒しても意味がないということだ。
ただそれだけなのに、安心というほどではないが、気が楽だったのだろう。
目覚めた時には倦怠感が消え失せ、身体が軽かった。
天幕から這うようにして外に出ると、外はもう薄暗くなっていた。
「おはよう」
「夜、なのか?」
「うん、太陽の動きを模した空になってるからね」
いつの間に戻って来たのかセフィは火おこしを済ませ焚火に鍋をくべていた。
何だかいつもの野宿の様子そのままで拍子抜けしてしまった。
「顔色よくなったね。ゆっくり休めた?」
「……すまない」
「体力低下が一番怖いから。体調崩したら大変だし」
何もしてない、という後ろめたさか、少し気まずいような感じがする。
靴を履きつつも焚火の近くへ歩み寄る。
「食事もすぐできるからもうちょっと待って」
「食料はあったのか?」
「とりあえず保存食は確保した。もうちょっと探せば色々手に入るとは思うけど」
そう言ってセフィが地面に置かれていたものを拾って示した。
缶詰だ。
見たことはあった。ネルイが製造する保存食だったはず。
何度か見たことはあるが、高価で普通に食べられるような代物ではなかった。
「貴重品じゃないのか」
「ごく一般的な保存しょ――ああ、そっか」
ごく一般的な……って?
そうか、技術はネルイよりもこの地下都市の方が高いのか。
ひょっとしたら缶詰も簡単に作ってしまうのかもしれない。
「珍しいんだ。そういえば外で売ってるの見たことなかった」
「特殊なルートでしか買えない。軍事食だから」
「……なるほど」
セフィは神妙な顔で空の缶詰を見下ろして頷いている。
まったく世界が違うとは思っていたが、ここまで違うものなのか。
その技術力には感嘆するしかない。
段々暗くなっていく空は地上の物そのもので、砂漠の夜だというのに凍えることもない。
これが砂漠の民の街……。
今は瓦礫に埋もれる街を見回せば知らず知らずのうちにため息が漏れていた。
これが、<虫>が封印されていた都市。そして、その<虫>によって滅ぼされた街なのか。
簡単な食事だけど、とセフィは言いつつもスープの入った器とパンを炎の前を陣取る俺の前に置いた。
セフィに感謝の意を伝えた上で、今日の恵みへの祈りを捧げてから匙を手にスープに口をつける。
久しぶりに塩以外の味がするスープだった。
「美味い」
「本当? よかった」
安心したようにそう言っているセフィは食事を摂らず何か別の作業をしているようだ。
火に照らされていてそこそこ明るいがセフィの手元は暗くて見えない。
空になった缶に釘のようなものを打ち付け、無数の穴をあけているようだ。
「恥ずかしいから見学禁止!」
どうにも器用だなと思ってその様を眺めていたら注意されてしまったので視線をスープに落とす。
セフィが打ち付けている缶の中身を使っているのだろう。いつもの乾燥野菜に混ざってボロボロとした肉のようなものが入っている。この肉のようなものが缶詰に入っていたのだろう。
パンも保存用なのか硬いがちゃんとしたパンだ。
野営の食事とは思えないほどしっかりとした食事を夢中で貪った。そういえばまともに食事をしたのはどれぐらいぶりだったか。
きれいにたいらげ、再度セフィに感謝を告げる。
セフィは「どうも」と作業を続けながら、小さく頭を下げた。
取り出した針金のようなものを穴をあけた缶に通している。何かを作っているようだが、一体何をしているのか。
「これでよし、と」
そう言ってセフィは平べったいガラスの容器を背後から持ってくると手早く火をつけた。
ガラス容器の口から頭を出している芯の部分に引火しオレンジ色の火があがる。
オイルランタンの火を保護する火屋がなく炎がむき出しになっているような構造だ。
物珍しさもあり地面に置かれたそれをまじまじと眺めていると、セフィは先ほど加工していた針金に吊るされた缶をむき出しの炎の上にくべた。
炎の先端に缶の底面が当たるよう針金を動かし調節し、セフィは俺に木の棒を差し出した
中指の倍ぐらいの長さがある棒だ。これで何を?
「これ持って、こっち来て」
「一体何がはじまるんだ?」
木の棒を受け取り、手招きに従いセフィの横まで歩み寄りつつ問いかければセフィは心底楽しそうに笑っている。
「まあまあ、とりあえず座って。もうちょっとかかる」
火であぶられ熱された缶はすぐにばちばちと音を上げはじめる。
「焦げないよね……?」
やや不安そうな声音で缶の様子を窺いながらセフィが手元で何かを操作したのが見えた。同時に音をたてて缶が勢いよく開店をはじめたので驚いてしまった。
「うお!」
「ここまではよし! さあ、こい!」
まるでいたずらを仕掛けている子供のようにはしゃいだ声をセフィがあげると、うっすらと缶の周りに白い霧のようなものが立ち込めてきた。
霧? いやふわふわとしたそれは、まるで雲のように見える。
「その棒でこのふわふわしたのを絡めてみて」
おぼろげな記憶があった。
子どものころフィルツで見た砂漠の民が見せてくれた不思議な玩具、そして雲のような飴。
遥か昔に見たことがあるのか。
回転している缶に当たらないように、雲のようなものを手にした棒でからめとった。
木の棒をぐるぐるまわした方が効率よく絡め取ることができる。
ある程度の大きさまで雲のようなそれを成長させてから棒を手元に引き寄せた。
ああ、これだ。昔見たことがあったのは、この雲の飴だった。
前に砂漠の民の話をしたときに強く記憶に残っていたこの雲みたいな飴の話をしたことがあった。
あの時セフィは「道具がない」と言っていて、まさかそれを覚えていたのか。
「さあどうぞ、召し上がれ」
セフィに促され、雲のようなそれを口に入れた。




