5-13 砂漠の地下都市
「ヒュー」
声をかけられて、目を開ける。
どうやら寝てしまっていたようだ。眠れないと思っていたはずなのに体は疲労のピークを覚えていたのだろう。
セフィを見れば立ち上がっていて、開いた乗降口を指で示すと車体から飛び出すように外へと足を踏み出した。
セフィに続いて地面に降りて辺りを見回せば乗った時と同じような暗いだけの空間が広がっている。
踏み入れると同時に周囲が明るくなるのも先ほどと同じだ。
壁と天井が鉄のような素材でできているのも、入口だった場所と同じ。
その空間をセフィは突き進んだ。
突き当たった壁に触れれば、先ほどのように壁の一部が光を放つ。
何か文字のようなものが光の中に書かれていたが、見たことのない文字で何が書かれているのかは全くわからない。
その光にセフィが指先を滑らせると、目の前の壁が左右に割れた。そしてその先に広がるのは――。
目に入ってきた光景に、セフィは長い息を吐いて顔を伏せた。
すぐに思い直したように顔を上げ、辺りを見回してもう一度ため息を漏らす。
「……まるで廃墟……」
「……」
セフィが漏らした感想のような声に俺は応える言葉を持たなかった。
雲一つない晴れ渡る空の下、むき出しになった骨組みはかろうじて立っているものの、街を構築していたもの全てが砕け地面を埋め尽くしている。
誰か生きている人間がいないか走り回ったフィルツの光景と重なり、喉がひりつくような感覚に俺も顔を伏せる。
――<虫>に破壊された街の姿がそこには広がっていた。
「ヒュー」
セフィに名前を呼ばれ、視線を向ける。
無理やり浮かべたような笑みは引きつっていて、セフィもそれに気づいたのかすぐにその表情を消した。
「……とりあえず、休める場所を探そっか」
「そうだな」
少し眠りに落ちてはいたが、休める時に休んだ方がいいに違いない。
幸いなことに<虫>が大量発生しているようなこともなさそうだ。
瓦礫の山に足を踏み出すセフィの後ろを追う。
迷う素振りも見せず足を進めているのは、見知った場所だからなのだろう。
生まれ育った街、か。
ここが砂漠の中だと忘れてしまうほど、過ごしやすい気温だ。歩いていても汗ばむようなこともない。
「――地下……?」
当然のように空が広がっていることに今更ながら矛盾を覚えた。
地下と言うには地面の下にあるはずで、空が見えるはずがないのに?
「あー、あれは本物の空じゃなくてリアルな映像。天井に空を映し出しているだけ」
俺の考えていることを読んだかのようにセフィは頭の上を指さしてそう説明をした。
だが、言っている意味が全然理解できない。映している? 映像?
「言うならば本物に近い絵、みたいなもの? 太陽光は外から取り入れてるみたいなんだけど、その辺の仕組みはうまく説明できそうにないな、ごめん」
セフィの声音は平常と何も変わらない。
目に見えている空が本物ではないなんて軽く言ってくれるが、どう見てもいつも見ている空と同じにしか見えない。絵とは完全に別物だ。
「当然気温も調整されてる。空調システム壊れてたら暑くて都市の中には入れなかったと思う」
「システム?」
「この都市は外とは別世界だってこと。過酷な死の砂漠の環境を人が生活できるような環境へと帰るシステムが整備されてる。……<虫>を封じるためにね」
「……」
簡単に言ってくれるが、こんな魔法みたいな世界があるなんて想像すらしたことがなかった。
今は瓦礫の山と化しているが、街として機能していたらどんな都市だったのだろう。
<虫>を封じるためのものであるそれは――。
「都市システムを<虫>に食われてたらヤバかったけど、それは何とか免れてラッキーなのかな。色々調べることができそう」
「調べる」
「うん、データベースが生きてれば<虫>が外に出たその時の記録も何かしらの形で残っていると思うし、もしかしたら<虫>に関する情報もあるかも」
「……」
セフィの口にする意味不明な単語は触れず、俺は足を進めながら辺りを見回した。
どこもかしこも瓦礫だ、ところどころかろうじて建物の輪郭だけを残している場所もある。
何にせよ、元の形は想像できないほどしか残っていない。
フィルツも同じだった。
低い部分が<虫>に食い尽くされ、建物はほぼ全てが倒壊していた。
倒れた後も高い部分の形は残っていたが、この都市の中のものはその形すら残っていない。
<虫>を制止するものがいなかったせいなのだろう。
破壊し尽くしてここから外に出て、そして――今はどこでその姿を潜めているのか。
消しても消しても、次から次へと湧いてくる<虫>の姿を思い出し思わず奥歯を嚙みしめた。
今は、その<虫>に対抗する力すらない。
……本当に時間が経てば回復するのだろうか。
「この辺なら火を使っても燃え移らないかな」
セフィが足を止めたのは、瓦礫の積もっていない場所だった。
大きく開けたその場所は元の地面が見えている。平らな――のっぺりとした平たい地面だ。
「火事になったら一気に燃え広がっちゃうから。あっという間に炎の海になるんだって」
「そうなのか」
「だから都市内では火気厳禁」
火を使ってはいけない?
「火を使わずに生活ができるのか?」
「うん。そういうものだから」
そういうもの、ということは説明をするつもりはないということか。
それならそれで納得するだけだが。恐らくセフィは内心面倒くさいと感じているのだろう。
辺りを見回している彼女を観察してそう結論づけた。あれこれ聞くのは後にした方がいいのだろう。
平気そうに見えているものの、多分平気ではない。
少しだけそっとしておいた方がいいのだろう。
「それじゃ、私は食料品や薪になりそうなものをかき集めて来るので」
唐突にセフィはそう宣言をすると再び瓦礫の山の方へ足を踏み出して、俺の方へ顔だけ振り返った。
「まだ疲れとれないでしょ? 少し休んでたら? 寝ててもいいし」
「セフィ」
「それじゃ、行ってきます! 日が沈む頃には戻ってくるね」
止めるつもりはなかったが、一方的に言い放ってセフィは走り去ってしまった。
離れていく後ろ姿を追いかけることもなく、一人残されてしまい途方に暮れる。
日が沈む頃、ということはこの地下にも夕暮れがあるのか。
「休めと言われても」
何もないただひらけた場所だ。
とりあえず腰を下ろしてみるものの何となく落ち着かない。
確かに疲れているが、休めそうにない。
諦めてその辺りを見てこようと立ち上がった。




