5-12 後悔
呆気にとられ、ただただ辺りを見回すしかできない。
火もないのに、昼間の野外のように明るい。壁も天井も鉄のような材質で作られているように見える。
ここは一体?
異なる世界に入り込んでしまったような心地で息をのんでいると、壁の一部に触れていたセフィが顔をあげた。
「そういうものだから」
「ああ」
俺の心情を読んだのか、それだけ言ってセフィはもう一度壁に視線を戻した。
そういうものだと言うのならばそれで納得するしかない。それでも不思議な光景であることは確かだ。
セフィが触れている壁から光が漏れている。何やらぶつぶつとセフィは独り言を漏らしているが、至極当然といった様子であることから彼女にとっては当たり前の光景なのであろう。
「ヒュー」
繕うことなく物珍しさから辺りを見回していれば、セフィから声がかかった。
セフィの前にあったはずの壁が消失しその先には深い闇に覆われた空間があった。
「お待たせ、行こう」
「……ああ」
完全に気が飲まれていることはわかっていた。だがこの状況ではそれも仕方ない。
セフィに促されるまま、暗闇の先へと足を踏み入れた。
視界が一気に明るくなり目が眩む。何とか光に慣れた目で見れば、少し離れたところに高級馬車の客室に似たような箱型に小さめの車輪がつけられたものが置かれているのがわかった。
「あれか。本当に動くのかな」
なんだか不穏なことを口にしつつも、セフィはその箱に向かって足を進める。
突っ立っていても仕方ないと、俺もその後ろを追った。
恐らく乗降口なのだろう、躊躇いなくセフィは取っ手部分を右手で掴むと真横に引いた。
抵抗なく扉であろう部分が開かれ、中の様子が目に飛び込んでくる。
向かい合わせになっている座席だった。中は狭い。
セフィは俺と一緒になって中を窺っていたが、すぐに軽い足取りで中へと乗り込んだ。
同時に暗かった車内がまた明かりが灯されたように明るくなった。
「電源は生きてるっぽい。行けるかな? 乗っても大丈夫だと思うよ」
「……」
どうもセフィの言う「大丈夫」はたまに信用できない。警戒心を緩めないまま箱に乗り込む。
馬車よりも車輪が小さいせいか地面との高低差はそこまで大きくないから台を使わずに乗り込むことができるのか。
先に座席に腰を下ろしているセフィに「どうぞ」と向かいの席を示され大人しく腰を下ろす。座面は固い。
「じゃあ、地下都市に向けて出発!」
わざと元気良く宣言をしてセフィは箱の壁の一部に触れた。
壁の一部が発光し、セフィが利き手の指を動かしてその光をなぞるように触れると乗降口の扉が触れることなくひとりでに閉じた。
今更驚くようなことはない。が、本当に不思議な空間だとは思う。
扉が閉じて一呼吸ほどの時間を置いて、車体が動きだすのがわかった。
……動くだろうなと想像していたが、馬に引かれるわけでもなく自走していることに関しては正直驚いた。
馬車と同じように窓があるものの、窓の向こうには暗闇が広がるばかりで何も見えない。
「地下だからね」
「そうか、地下か」
「うん。このまま緩やかに下ってくみたい」
「そうなのか」
地下都市というのはかなり深い場所にあるのか。
何の気なしに正面に座るセフィへと視線を向ければ、セフィも暗闇が広がる窓へと視線を向けていた。
が、不意に俺へと視線を向けて、何か言いたそうに口を開き、そしてすぐに閉じた。
「――あの、先に言っておかなければならないことがあって」
「何を?」
態度から察するにだいぶ言いづらい話のようだ。
あまりいい話ではないのかもしれない、と覚悟を決めて問いかけてみる。
「……どうやら今現在、私、力が使えないっぽい」
「……は……?」
セフィの言葉を一瞬で飲み込むのは難しく、反射的に聞き返しても頭の中にすら入ってこない。
「もっと言うと、その剣、今は普通の剣と同じ」
「普通の剣って?」
眉間に皺が寄っているのは自覚していた。
セフィの言おうとすることがまったくわからず混乱しそうな情報を何とか整理しつつもその顔をじっと見つめ返す。セフィ自身は軽い口調で言っているが――それは?
「今<虫>が現れたら、対抗できる手段がなくてアウトってこと」
「……力というのはそういう意味での……いや、ちょっと」
待ってくれと言う前にセフィは何でもないことのような顔をして口を開いた。
「ちょっと力使い過ぎちゃったせいかな。一気に<虫>を消すのって負担大きいね」
爆発的に膨れ上がりかけた<虫>を一瞬で消し去ったのはセフィだ。
あれができるのならばセフィ一人でも<虫>をどうにかできると思っていたがそんなに単純な話ではないようだ。
「しばらく待てばまた使えるようになると思うよ。多分ね」
「そんな単純な話なのか?」
「バーストさせたって手ごたえはないし、根こそぎ枯れることはないと思いたいから、希望を持とう!」
相変わらず軽い!
――だが、そう信じるしか他道はない。飲み込む必要もなくため息をつくとセフィも同調するように深いため息を漏らした。
「どれぐらいかはわからないけど、しばらくは<虫>が表れても逃げまわるしかないよね。地下都市の中にわんさか溢れてるみたいな展開にならないことを願うしか」
「……それしかないか」
「あとは、あれは最終手段以外では使わない方がいいのかもね」
「ああ」
あれ、というのはセフィが<虫>を一掃するあの技だろう。
セフィと剣共に一時的に失せるのもそうだが、あれはかなりセフィ自身の体にも負担が大きいように見えた。
<虫>の中では連発していたが、あれは特殊な空間だったから可能だっただけなのか。
「<虫>がいなければ、地下都市で少しの間身を隠すのもいいのかも」
「……いないことを祈るしかないか」
「だね」
そこでセフィは口を閉じ、俺も何も言うことがなくなる。
しばらく沈黙していたが、今度も口を開いたのはセフィが先だった。
「まだ到着まで時間がかかるから少し眠ったら? 寝てないんでしょ」
「眠くない」
「そういうこと言うんなら、何があったのか聞いちゃうんだけどいいの?」
それを聞くか。
あまり触れて欲しくはない。だが、ああなった以上は話さないわけにもいかない。
「推測でしかないが」
「推測」
「恐らく商人とは名ばかりで、簒奪行為も行っていたんだろう」
「前に聞いた盗賊っていうのもあのテントの中にいたってこと? あの悲鳴は?」
説明しにくいことを聞かれて、思わず顔を伏せる。
どう説明すればいいのか、どこまで話せばいいのか、迷うばかりだ。
「恐らく奴隷としてどこからか攫われてきたと思われる女性が、あの場にいたガラがよくない連中に乱暴されていた」
「……乱暴……? そうだったんだ」
言葉を選ぶようにセフィはそう口にしているから、その言葉の意味に気づいたのかもしれない。
あえて確認することもなく、セフィから目をそらしたまま一度頷いた。
「じゃあ、<虫>はその人が?」
「ああ」
「……そっか。<虫>に消された人たちはある意味自業自得なのか」
セフィの声音に込められた怒気には気づいたが、何を言うつもりもない。俺はただ床へ視線を這わせるだけだ。
「あのね、この際だから言っておくけど」
怒気を消すこともなく、セフィの矛先が俺へと向いたのがわかった。
顔を上げてセフィの表情を真っすぐに見据えるがその顔には怒りの感情はない。
「私、そこまで子どもじゃないんだからね」
「そういうことを言い出すのが……」
子どもだ、と反論しかけて慌てて口を閉じた。これは水掛け論にしかならない。
「ちょっと待った! 今のはさすがに聞きとがめざるをえないよ!ヒューだって私と同じ年の頃周りが思ってるよりずっと大人だって思ってたでしょう? 17歳だった自分をよく思い返してみて!」
「17……」
確かに前に年齢を聞いた気がしたが、もっと下だと思っていたと正直に口にしたらさすがに怒るだろうなということぐらい俺にもわかる。
口調こそ荒らげてはいるが、セフィはまだ怒ってない。この寛容具合は確かに子どものそれではないとは認めるが、判断力も言動もまだまだ未熟と思える点は多い。
それに、自分が17の頃といえば学生であり、見習い兵士をしていた頃だ。
学校では周囲の奴らと後先考えないバカなことをやっていたし、先輩兵士に規則を守れと毎日のように叱責されていた頃だ。
思い出しても自分が大人だと思っていた時代ではない。子どもとから大人に変わる転換期にありつつも、子どもであることを悪用していた、そんな頃だった。
「馬鹿なガキだった」
「……」
「先のことなんて一切考えられないガキだった」
「寝て」
言われた通り思い出したというのに、セフィは俺に指を突き付けて短く言ってきた。
こういうところが年相応というのか。
そういえばセフィはいつも子どもっぽくもあり、そして大人びているところもある。
バカだった俺と比べ物にならないほど、思慮深く行動をしていることも多い。これは男女差なのか。
ただ、何も考えず突っ走っていることがないわけでもない。
大人になる過渡期か。
それでも十分子どもだと思っているからこそ、庇護対象なのだ。
まだまだ色々と背負わせたくはない。ただでさえセフィの抱えている使命は重すぎる。
これ以上言葉を重ねるのも不毛だ。大人しく目を閉じる。
眠れないとはわかっていた。
「もっと頼ってくれていいのに、頼りないかもしれないけど、チームって言ったのはヒューでしょ」
「……頼りにはしてる」
「そういう心にもないお世辞はいいから」
お世辞ではなくその逞しさは頼りにしている。
セフィがセフィらしくいられるように、したいだけだ。
「私は大丈夫だよ。子供だからとか、女だからとかそういう配慮しなくても大丈夫」
閉ざされた空間なのに、セフィの声が何となく遠くに聞こえるのは、意外と車輪が回る音が煩いせいか。
揺れが激しく座っている姿勢を保つだけでも体力を消費しそうだ。
「私は砂漠の民だから。そういうモノなんだから――」
不可解なことと同じように、自分自身もそういうもの、だと言うのか。
そんなことはない、と言ってやりたかったが言葉になる前に、深い場所から引っ張られるように意識が底の方へと落ちていくのがわかった。
「だから大丈夫」
セフィの「大丈夫」はあまり信用できない。




