5-10 最悪のパターン
日が沈み切る前に行動開始だ。
出発準備を整えてから焚火を消して再び死の砂漠の淵へと向かう。
「正確な入口はわかっているのか」
「小さな湧水池と井戸があるところが入口になってる」
「なるほど」
そこで野営をしろと言わんばかりの環境だ。根城になってしかるべしか。
足を進めるごとに夜闇が深くなっていく。
砂漠の境目にたどりつくころにはすっかり辺りは夜の様相と化していた。
前方に広がるのは砂漠だ。身を隠す場所がない。
井戸、ということはあの天幕の群れの中心部にあるのだろう。もう少し待機して寝静まるのを待つか、それとも強行突破か。
自問していたら、突然悲鳴があがった。
耳を覆いたくなるような女性のものだと思われる悲痛な叫び声――。
「セフィ!」
反射的にだろう、飛び出そうとしていたセフィの肘をつかんで寸でのところで止め、両肩を抑え込むようにしてその場にとどませる。
不可解そうにこちらを見上げてくる双眸をじっと見下ろした。
「いいか、ここから一歩も動くな」
「……は、……はい」
一語一語言い聞かせるように、ゆっくりと告げれば、俺の雰囲気に圧されてか、セフィは素直に頷いて見せた。
「絶対だ、約束できるか」
「……はい……」
疑問は受け付けない、有無は言わせない態度で言い放ってからセフィの体を解放する。
少し怯えの感情が入り混じった眼で俺を見ているが、これだけしっかり言い聞かせておけば無茶な真似はしないはず。
「もし俺がしばらくしても戻らなかったら、この場にとどまることなく逃げろ」
「……」
「誰かに見つかりそうになっても、だ」
セフィの返事を待たず、やむことのない悲鳴がしている方へと足を踏み出した。
軒を連ねる天幕の一つから悲鳴があがっているのがすぐにわかった。
セフィを置いてきたのは、足手まといになるからというのは勿論のこと、とても見せられない状況であると判断したからだ。
見張りがいないのを確認し、気配を殺しながら天幕の中へと侵入する。
力を割くことはできないといいながらも悲鳴を耳にしてしまえば放っておくこともできない。俺もまた甘い。
天幕の中では予想通りの光景だった。
それぞれの剣を携えた男たちが全部で五人、仰向けに転がる一人の女に群がっている。
転がる女に跨って暴れる体を押さえつけている男が一人。ほかの男どもはその光景を愉しんでいるのか下卑な笑みを浮かべて止めることなくその男女を囲んでいる。
嗚咽交じりの悲鳴をあげながら女はその手から逃れようとしているが、力では到底かなわないのだろう。それでも諦める様子もなくただ暴れる。
「下衆が……っ!」
小さくこぼしてしまったのは、その囲いの中にフィルツの兵士崩れがいることに気づいてしまったせいだ。
足音をあげないように集団との間合いを詰め、人だかりを割るように中心へと躍り出た。
剣を抜くと同時に、無防備に女にまたがっている男の背面を斜めに斬りつける。
決して浅くならないように力を込めた。男は事切れたのか気絶したのか、女の上に力なく倒れ伏した。
それの首根をつかんで女の上からはがすように地面に乱暴に転がす。
「……いやっ! こ、こないでぇ……! やめてええええっ!」」
はだけた胸元を両腕で抱えるように隠し、嗚咽混じりの悲鳴を上げ続ける女性に着ていた外套を脱いで投げつけ、彼女を背中に庇うような位置取りで男たちと対峙した。
「……いや……もう、いや……!」
悲鳴がすすり泣きに変わり、呼吸困難にでも陥りそうなほど早い呼吸を繰り返す女性に、大人しくしてくれと内心願うがそれは難しいのかもしれない。
ここにセフィがいればもう少し精神的な苦痛はやわらげられたかもしれない。だが、あの娘にこの光景を見せたくはなかった。
「な、何者だ!」
「どこから来た!?」
口々に疑問をぶつけてくるが、まともに相手する必要などない。無言で近くにいる者から順番に倒すだけだ。
小さく息を吐きだし、一歩踏み込むと同時にまだ構えすらとっていない男に剣を振り下ろした。声もなく倒れ伏す姿を見届けず、斬りつけてきた男の剣と切り結ぶ。簡単に剣を弾き返し、返す刃で斬りつけ、反動でとびかかってきた男の目を目掛けて剣を着く。
目を突かれた男の悲鳴で大半が我に返ったのだろう。構える前に一人の首を突き、もう一人の腹部めがけて全体重をかけて剣を突く。
そこで騒ぎに気づいたのか、天幕の入口から複数の武装をした連中が飛び込んできた。
「商人たちの天幕じゃないのか」
ここは隊商のテントと見せかけて盗賊どもの根城だったのか?
ふと浮かんだ疑問を口にしつつ、臓腑から剣を引き抜き、振り下ろされた剣を屈んでかわす。立ち上がる勢いを使いながら剣の柄で胸部を殴りつけ、一歩踏み込みつつ近づいてきた奴を蹴りつけた。
絶命させることに躊躇いはない。数が増えたことで、殺さねば俺が生き残れるのかどうかも怪しい。
刃を滴る血が柄まで流れて血にまみれてくると、滑って手元が狂う。
周囲を睨み付けて牽制し、剣を右手に持ち替え左手を服で乱暴に拭った。再度剣を持ち替えて、右手も適当に拭う。
「まさか、……あんたは……」
遠巻きに立ち尽くしている集団の中の一人が声をあげる。
持っている剣は見慣れたものだった。フィルツの兵士への支給品。元同僚なのだろう。
こんなところで、破落戸よろしく婦女暴行に加担してるなど堕ちたものだ。
「生きてやがったか……!」
憎々しげに吐き捨て、そいつは踵を返すようにその場から逃げ出していった。
元、フィルツの兵士がそうやって逃げてここにたどりついたのだろう。
そしてここからも逃げてどこに行くのか。
逃亡者が一人出れば、堰を切ったように数名が逃げだしていったが、追うつもりはない。
外にいるセフィが奴らに見つからないよう祈るだけだ。
あれだけ念をおしたのだ。馬鹿な真似はしないと信じたいところ。
まだ向かってくる奴らを切り捨てていく。
アルヴァーぐらいの腕前のものがいるかと警戒していたが、ただのチンピラの集まりなのか。どいつもこいつも歯ごたえがない。
この程度だったらセフィの方がまだ骨があるだろう。
破れかぶれといった様子で切りかかってきた最後の一人を斬り伏せ、懐から布を取り出し手と剣を拭う。
例の不思議な力を秘めた剣だが人を斬るときは普通の剣と何ら変わりはなかった。
「いや……いやあああああ! こないで! こないでええええっ!」
すすり泣いていた女性に向き変えれば、再度半狂乱で悲鳴を上げる。
よく見ればまだ若い娘のように見えた。俺と同じか少し下ぐらいか。
長い髪を振り乱しているせいか隠れているがその顔は酷く腫れているし、抱え込んだ外套の下に見える衣服は強引に引きちぎられているのが見て取れる。むき出しの腕や足にも殴られたり蹴られたりしたのか内出血している箇所が複数。
痛々しい姿をさらし必死で叫び続ける彼女を放っておくわけにもいかず、何とか宥めようと思ったが、一歩近づこうとすれば必死で抵抗をする。
奴隷として、どこかで攫われてきた娘なのだろうか。恐らく美しい部類の娘なのだろうが暴力によりその鱗片が窺えるのみである。
ろくに抵抗もできない者に、しかもか弱い女性に何を……! 苛立ちまぎれにこっそり舌打ちをする。
どう考えても全身返り血で血まみれの男がどうこうできる話じゃない。
仕方ない、あまり巻き込みたくはないがセフィを頼るしかないだろう。
半狂乱で、何とか逃れようとしてなのか、地面をひっかいている娘はその場に残すことにした。
一旦外へ出ようと背中を向けたその時、その娘の悲鳴が止まり、一瞬その場が静まり返る。
「殺してよ!」
正気を取り戻したような、はっきりとした口調の言葉が背後から俺を追ってきた。
振り返れば、震えながらも娘が俺を憎しみをたたえた目で睨みつけている。
「まだ私をおもちゃにするんでしょう! また、こんな目にあうんだったら死んだほうがましよ! 殺して! 殺してよ! その手にある剣で私もこいつらみたいに殺して!」
「連れが外にいる。女性だ。悪いようにはしない」
「もう! もういやなの! 楽にして! 死にたい! 死にたいの!! 殺して! 殺してよぉ……!」
最悪のパターンだ。
無理やりにでも連れ出すか、置いて行ってセフィを呼び寄せるか。
置いていったらその辺の奴らの剣を拾って自害でもしてしまいそうな雰囲気だった。
「……どうして、こんな目に合わなければならないの! なんで誰も助けてくれないの! どうして……ねえ、どうしてなの……?」
俺から目をそらし、彼女は焦点が合っていない目で上を見上げた。
半分、正気ではないのか。
殺してと願うのならば、殺して楽にしてやるべきなのかもしれない。だが――。
「どうして、私が何をしたというの? なんで、もう、嫌だ。こ、こんな――こんな、世界!」
「! 駄目だ! それは――」
「壊れてしまえばいいっ!」
その呪詛のようなその声は、辺りに大きく響き渡った。




