5-8 砂漠へ
死の砂漠方面へ向かう乗り合い馬車はないため、必然的に砂漠までは徒歩移動になる。
慣れたもので、ゆっくりと着実に足を進めていく。
後ろを歩いたり、横を並んだり、割と自由に足を進めているセフィはやはり元気で、疲れなど微塵も感じさせない様子だ。若さゆえか。羨ましいような羨ましく思えたたら負けのような。
「年? あんまり変わらないよね?」
何かの拍子で体力が無尽蔵な若さについて触れたら、セフィに心底不思議そうに返されてしまったので閉口せざるを得なかった。
俺は確実に人並みよりは体力があると自負している。が、やはり10代の頃に比べれば体力の限界が見えてきた分衰えているのだろうと思う。
「体力が無尽蔵って感じてたって辺りから化け物級」
セフィはあきれた声音でそう言っていた。
化け物と同列にされるのは少しだけ釈然としないものがあった。が、それは飲み込んでおいた。
砂漠に近づくにつれ、周辺の緑が消え、むき出しの大地がところどころ姿を見せている。
街道は川沿いに伸びているが、砂漠へたどり着く前に途切れることは知っている。
歩いているだけで汗ばむような暑さが更に砂漠への接近を自覚させる。
「ヒューは死の砂漠へ行ったことはあるの?」
黙って足を進めていたセフィがふいにそんなことを尋ねてきた。
死の砂漠に、か。
「何度か。だが入り口までだ」
「そうなんだ。入ったら死ぬって言われてるんだっけ?」
「ああ」
入り込んだら生きて帰れない、死を与える砂漠。それが死の砂漠の名称の由来だと聞いたことはある。
その死と隣り合わせの砂漠からやってくる者たちの総称が『砂漠の民』だ。
砂漠の民と名乗るもののほとんどが商人であり、扱う商品は『魔法のような』代物だという。
中には騙りも一定数いるのかもしれない。数が少ない、存在こそ幻のようなものとも言われている。そんな幻の民であるはずの少女はマイペースな様子で「ふーん」と相槌を打っているのだから妙な感じだ。
「死が近いって言葉の意味わかるなー。まだ砂漠が見えてもないのにこの暑さはキツいね、へこたれそう」
へこたれるのか? この娘が?
驚きを顔には出していないつもりだったが、どうやってかセフィは察したようだった。目を瞬かせて不思議そうな表情になった。
「いやだって、この暑さだよ?」
「砂漠の民なのに?」
「砂漠の民だからって暑さ寒さの耐性は同じだよ、人間だもん」
同じ人間……少し違うような気がするが、それにひっかかってはいけないのだろう。
セフィは何度か砂漠の民の都市を「地下」と口にしているから、砂漠の民は地下に住んでいると推察しているが、地下ならば暑くないとでもいうのか。
「砂漠の民の都市は、口ではうまく説明つかないというか。行ってみればわかる」
「そうか、わかった」
「ヒューって、あんまり深いこと気にしない人だよね」
関心したのか呆れたのか、どちらともとれるような口調でセフィがそう言ってくる。
<虫>の存在やあの防衛システム、そしてセフィの扱う力など、この世には俺が理解の理解を超える事柄がたくさんあることを知ったからだ。
知ってしまえば、そういうものだと言われたらそういうものなんだろうとしか思えなくなった。
疑問は尽きない。ただその追及が難しいのだとすれば先に受け入れてしまった方が楽だ。
「別に呆れてるとかじゃなくって、そういう感じでいてくれると楽だなーって」
「楽?」
「あれこれ突っ込んで聞かれるの、うまく説明できない部分が多いから」
その微妙な雰囲気が何となくわかる気がする。
俺としては聞いてもどうせ理解できまいと思っているからこそ深く聞かないだけだ。
口にはしていないが、セフィは説明を求められることが「面倒だ」と感じていることが容易に窺えた。
「ケインがヒューのこと気に入ってたのって、そういうところなのかなー」
「気に入る……」
頭から否定できないが、享受できない言葉な気がする。
それは光栄だと返すのにも抵抗があるように思う。複雑だ。
「『いい奴だ』と、何度も言ってたよ」
「買い被りだ」
本人からではなく、セフィの口からそれを聞くのは何だか妙な心地だった。
恐らくケインが聞いていたら全力で止めたであろう。
短く否定し、無言で足を進めた。
「うわ、うわ、うわわ! はや、はやい!」
前方を行くセフィが歓声なのか悲鳴なのかわからない声をあげている。
落ちることはないと思うが、出発してからずっと叫び続けているから体力の方が心配だ。
少し速度を上げてセフィのやや後ろに並んだ。
「セフィ」
「今話かけないで!」
切羽詰まった声で言われてしまえばこれ以上何も言えない。
大人しく声を上げ続けるセフィの後ろを走らせた。
死の砂漠一歩手前の砂漠の町に、砂漠を疾走できる馬の貸し出し業を営んでいる牧場があった。
砂漠が近づくにつれ、日差しは強くなり、気温もあがっている。正直徒歩での移動は厳しかった。
最悪セフィと二人乗りして行けばいいかと思ったが、試したいというセフィの要望を聞いてれば器用にも乗りこなしてみせたため二頭借りて出発したのだ。
生まれて初めて馬に乗って、そのまま走り続けるのはあまりにも無謀ではあったが、セフィは叫び声をあげながらも何とか乗りこなしている。
馬もちゃんと走っているから大丈夫なんだろう。多分。
「だ、だ、大丈夫、だよ、ね?」
馬になのか自分になのかセフィは問いかけている。
あまり声を上げ続けると体力が尽きるぞ、と言いかけて黙っておくことにした。
体力が尽きたら回収すればいい。尽きるまでは好きにやらせておこう。
コツを覚えたのか、しばらく走らせた後、急にセフィの声は止んだ。
真っ直ぐ前方を見据える目は真剣で、集中しているようにも見える。
器用の範疇なのか、どこかで降参するかと思っていたが、短時間で乗りこなすとは見事としか言いようがない。
更に走らせていたら、突然馬がその足を止めた。
「……びっくりしたー……」
「ここまでか」
馬から降りてセフィの様子を窺えば、ほんの少しもたもたしつつも地面に降り立った。
馬は死の砂漠の入口まで走ると貸主が言っていたが、これ以上は馬自身が進むつもりはないらしい。
降りれば自分で町に戻る、とも言っていたため、このまま手綱を離せば町に戻っていくのだろう。
「ありがとう。気を付けて帰ってね」
セフィがゆっくり声をかけながら、乗ってきた馬の首周りをそっと撫でている。
大きな馬だが恐れず触れてくるセフィに馬も気持ちよさそうな顔をしているのがわかる。
あれだけ耳元で騒がれても嫌がらないとはなかなか懐が深い馬だな。
ぼーっとその様子を見ていたら横にいる馬に頭を鼻先で突かれてしまった。
甘えているような仕草だが、恐らく「労え」と言っているのだろう。馬の鼻面に軽く触れ、顎の下を撫でてやれば何とも気持ちが良さそうだ。
しばらく撫でていればそれで満足したらしい、二頭揃って踵を返してそのまま走り去って行った。
「……意外となんとかなるもんだなー……」
しみじみとセフィは呟いているが、何とかできるのはこの娘だからではないだろうか。
ほぼぶっつけ本番であれだけ馬を乗りこなすのは、なかなかやれることではない。
器用さだけではない、何とかしてやろうという強い意思と、度胸も備わっている。
本当に、何とも、逞しいの一言で片づけてられない娘だ。
「気を取り直して行こっか。あと少しだよね」
「休憩しなくてもいいのか」
だいぶ体力も気力も消費しているはずだ。
だがセフィは首を横に振って前方を示した。
「大丈夫、さくっと行こう! ただ突っ立ってるのも暑いしね」
相変わらず大丈夫が大丈夫に聞こえないこともある。
まあいい。セフィの言うとおりこの暑さの中じっとしているのは余計体力が奪われそうな気がする。
頷いて足を踏み出せばセフィも同時に歩き出す。




