5-7 できなくてもやらなくちゃ
「砂漠には化け物はいないのか」
「いない」
お互い少しだけ感情的になりかけていたのはわかっていた。水を差す意味で質問を投げかけてみれば、セフィから簡潔な答えが戻ってきた。
「私たちは持っていて、持っていないもの、だから」
「持っていて、持っていない?」
謎かけのような表現だが、その意味はわからない。
「うん。わかりやすく言うと、砂漠の民には貨幣っていう概念がない」
「貨幣がない!?」
「そう。衣食住は何もしなくても与えられる。その代わり一定年齢を超えたら労働が義務になるよ」
働くのは当然として、貨幣がない世界というのが想像すらできなかった。
衣食住が手に入れば金銭は必要ないという価値観なのか。
「お金を持っていないけれど、飢えることはないし、住民の生活水準はみな同列だから貧富の差? そういうのもない。ケガをしたり病気になったら全員医師に診てもらえるし、年老いて身体機能が低下したら相応の福祉サービスを受けられる」
「……そんな、世界が……?」
砂漠の中に、そんな世界が存在するというのか。
にわかには信じられないが、セフィが作り話をしているようにも見えない。
「貧富はないけど、普通に生きらえる環境があるって言えばわかりやすい? それが砂漠の民」
「まるで理想郷だな」
「そう、理想郷って言えるよね。でも、ほとんどの砂漠の民は一生を地下都市から出ることなく過ごすから、その理想郷は私たちにとってはまるで檻みたいな物」
セフィはいつものように軽い口調でそう言う。
檻に入れられているなんてそんな軽い話ではないような気がして聞いているこちらの方が落ち着かない気持ちになる。
「ってこれはケインの言葉なんだけどね」
「ケインがそんなことを言ってたのか」
「元々ケインは『外』の人だから、そういう風に見えてるみたい」
あいつは砂漠のことをどう語っていたんだったか。思い返してみるが、故郷の話をしたことがなかったように思う。家族が出来た場所、そんな感じの話しぶりだった。
意図的に砂漠の都市について触れないようにしていたのかもしれない。
「私も、そう思う。というか、檻って表現が的確なんだよね、だって<虫>が封じられていた場所なんだから。砂漠の民ごと押し込めて、外に出られないようにしてた。だから檻」
「<虫>を閉じ込める、檻か」
セフィは手に持ったカップを傾けて中身を飲みながらも苦笑したような息を漏らしたのがわかった。
檻の中に閉じ込められた者たち、それが砂漠の民なのか。
あの防御システムとやらは砂漠の民が<虫>を監視し、万が一の時は外に出さないようにする防御ラインだと言っていた。そして<虫>を消滅させる手段を持つ者だちだと。
セフィの言う『外』の人間と差異があるのはそのためなのか。
同じ人の形であって同じではない。かと言って決して化け物ではない。
「そう、だから、いわゆる普通の人ではないってこと、私――私たちは、<虫>に対抗するために特化しているんじゃないの? いざと言う時に<虫>と対抗するために死なないようにあの都市という檻の中に飼われてた」
「まさか」
「なあんてね」
中身を飲み干したのか、手の中のカップの水滴を払って笑った。底抜けに明るいいつもの。
何で、この話題でそんな風に笑えるんだ。
「多分、そういうことなんだと思う。私は、<虫>に対抗する者。各地に散らばっている砂漠の民と協力し合って、それで、<虫>が増えるのを阻止し続けて、追い詰める」
「セフィ」
「私にそれができるかな?」
それもまた本音なのだろう。ほんの少しだけ垣間見えた弱音はすぐにセフィ自身によってかぶりを振って否定される。
「できなくてもやらなきゃならないから、ベストは尽くそうと思う。だから、悩んでいる時間は勿体ないんだ」
「……」
強い娘だとわかっていたが、強靭だと改めて思った。
いくらやらなければならないことで、ここまで割り切れない。こんな風に笑ってなどいられない。
これがわざとそうやって振舞っているだけだとしても、平気な振りだとしても、全てを失ってこんなに明るく振舞えるものか。
「……多分ね、そう思えるのも私が砂漠の民だからかもしれない」
「どういう意味だ?」
「遺伝子、私たちは<虫>と戦うために遺伝子を操作されてるんでしょ。どんなに窮地にあっても<虫>を前にしたら立ち向かうように作られているんじゃないの」
作られている、なんて、あんまりな話だ。それだけのために、生かされる? 砂漠に閉じ込められて? そんな生き方が許されるのか。
あの防衛システムといい、砂漠の民といい、この世界は、世界を維持するためにどれだけ――。
「大丈夫だよ、ヒュー」
モヤモヤする感情を吹き飛ばすようにセフィが笑う。
全然大丈夫じゃないのに、どうして問題が無いように思えてしまうのか。
「野盗が出るんだろう、寝泊まりはセフィだけでも街の中に――」
これ以上続けるのが苦しくて、話題を変えればこれもセフィは即座に首を横に振って否定した。
野宿をしている者なんて賊どもから見れば恰好の餌だろう。
特に若い娘なんてどんな目に合わされるか――。
「ヒューがいるから大丈夫じゃないの?」
「多勢に無勢だ」
「頼りにしてるから、最強剣士さん」
最強ではない。決して。
敢えていうなら最強を冠した者が亡くなって棚ぼた的に転がり込んできた、そんなイメージだ。
「最近は死の砂漠の方に根城を移したみたいって街の人も言ってたから、多分大丈夫」
「……わかった。何かあったら一目散に逃げること、守れるな?」
「子どもじゃないんだから。でもわかった。守る」
「間違っても戦おうとするな、わかったか?」
「だから子どもじゃないんだから」
子どもじゃないからちゃんと言い聞かせておかないと飛び出して行きそうなのが怖い。
きっとこの恐れはセフィには理解できないだろう。珍しく頬を膨らませて反抗的な目をしているのが少しだけおかしい。
だが今は笑う場面ではない。
セフィに人を斬らせるつもりはない。まだその覚悟が俺にはできない。




