5-6 飢えた獣
特に示し合わせもないまま、当たり前のように枝木を集め火をつける。
すっかり慣れてしまった一連の作業に、一切憂いを見せないセフィはますます逞しさに磨きがかかっている様子だ。
「せっかく近くに街があるんだから夕食を調達してきまーす!」
と、セフィは元気に宣言をして街へと一人向かって行き、一人になってしまえば何もすることはない。あとは交代で眠り朝がくるのを待つだけだ。
セフィが一人で行動することに一抹の不安を覚えないわけでもないが、俺はなるべくこの街に近づかない方がよさそうだ。
日頃の行いが大事、何気ない一言だったんだろうがのどにひっかかった魚の小骨のように頭の片隅から消えない。あの日々を否定するつもりはない。ただ反省はしている。無為なのに、住民に不安を与えてどうする、と。
それすらも考えられないほど追い詰められていたといえばそれまでだ。だが反省したところで不安感は消せるわけもない。
「ただいま」
とりとめもなく炎を見ながら一人で反省をしていると、セフィが大荷物を抱えて戻ってきた。
「色々おまけを貰ったよ」
「貰った?」
「うん」
頷いて、持っていたものをセフィは順番に地面におろしていく。
「さすがに生肉とかはお断りしたけど、押し付けられた感」
「押しつけられた?」
「追い出したみたいになっちゃったから、後ろめたいのかもね。はっきりと『悪かったね』って言われたし」
地面に広がるそれらを眺めてみれば全部食品だ。ただ、どう見ても二人分には多すぎるほどの量。
「うーん、全部食べ切って苦しむがいい! っていうメッセージがこめられてたりして」
「そうとるか」
そんな遠回しな嫌がらせまでされる覚えはない、と思う。
「保存がききそうなのは後回しにして、とりあえず今食べないとダメになっちゃいそうなのから食べよっか」
「ああ」
「とはいえこれだけあるとどれから手をつけたらいいか悩むな。あ、これ、美味しいんだよね」
そう言ってセフィが拾い上げたのはパン生地を揚げただけのおつまみだ。以前酒場で食べたシンプルな食べ物だが随分気に入っているようだ。そこそこ長持ちするんじゃないのか、と思ったが指摘はしない。好きなものを食べればいいと思う。
どんな状況にあっても、この娘が明るく笑っていれば大したことがない、大丈夫だ、と思えてしまうから不思議だ。
だから俺が今やれることは、セフィが笑っていられるように守るだけだ。今のこの時間が続くように。
「……街の人が言ってたんだけど」
ある程度腹を満たした後、セフィがいつもの鍋にを火の上にのせながら話かけてきた。
鍋の外側は煤のせいかすっかり真っ黒になってしまっていた。それだけ出番が多いということだろう。
「最近街道に野盗が出るんだって」
「野盗?」
物騒な話が出てきた。が、すぐにそれを理解する。治安維持は中央、王家がその権限を持っている。
フィルツの王都がああなってしまえばその機能は止まる。普通ならば、盗賊が出没すれば派遣されるだろう兵士もいない。そういう輩がのさばるのは自然の流れなのだろう。
「食堂のお姉さん、友人がその野盗に襲われて――。だからああいう態度なんだって教えてくれたよ。だから恨まないでって言ってた」
つんけんどんな態度だったあの店員のことか。
恨むつもりはない。いや、むしろ恨まれるべきなのは俺の方なのだろう。
「違う、ヒューが今何を考えてるかだいたいわかるから言わせてもらうけど、絶対、奪う方が悪いんだから。その罪をヒューが背負う必要はないからね」
「とは言っても」
それは前にも聞いたセリフだった。
ディノの異母兄か。あれが悪いんであって、俺が背負う罪ではない。
「そもそも、なんで人のものを奪おうとするの。分け合えば傷つけあわずに済むのに」
「そんなに単純な話じゃない」
盗賊に身をやつす人間のほとんどが『持っていない者』だ。何も持たないから奪うしかない。
今は亡き旧友の言葉がよみがえるようだった。俺にはなにもない。だから奪ってやるんだ、と。
「お願いすれば、分けてくれる人はいるはず」
「人が決して分けてくれないものが欲しいんだろう」
自分に余裕がなければ周囲に分け与えたりなどしない。分け与えている者は自分の富を確保した上で与えている。その富を欲しがる連中は力づくで奪いに行く。そういうことだ。
「欲しがるのは悪いとは思わないけど、過ぎた欲望は身を滅ぼすんじゃないの」
「だが、人の中にそういう欲求があるのもまた事実だ」
「……欲望を理性で自制しようとしないのは、もう人ではない化け物でしょ」
辛辣なことを言い、セフィはお茶を注いだカップを差し出してきた。
それを受け取り、一度うなずく。
化け物だと言っても過言ではない。でも餓死寸前まで飢えていて、目の前に食事をしている人間がいた場合、食事に手を伸ばさず餓死を選ぶ人間がどれぐらいいるかという話ではないだろうか。
「賊なんて飢えた獣とそう変わらない」
「……」
「獣は獣。人ではない。そう教えられてきた」
人だとしたら、いくら犯罪者であってもためらわず斬ることなどできない。
「そう、なんだ。ごめん、理解が追い付かない」
頭を抱えるセフィを見ながら能動的に手にあるカップの中身を口に含む。
口に入れるには幾分熱い。それでも無理やり熱い液体を喉に流し込んだ。




