5-4 若気の至り
「馬車に乗れてよかったね」
地面に降り立ってセフィはいつもの軽い口調でそんなことを言ってくる。
底抜けに明るい雰囲気やその軽さは彼女の兄が持っていた雰囲気を彷彿させる。
「ただ飲んだくれていただけで暴れたりはしてなかったんでしょ」
俺が躊躇しているのを見抜いてるようだ。数歩先を歩くセフィはそう言って俺の方を振り返った。
そろそろ日が暮れる。
国境を越え、無事乗合馬車に乗ってたどり着いたのが何とも馴染みのあるこの町。
「別に野宿でもいいけど」
「そういうわけにはいかないだろ」
この街を経て南に下れば死の砂漠へと辿りつく。
砂漠の民の都市がどういう場所なのか想像もつかないが、しっかり休んでおくのに越したことはない。
ただ、この街は――。
ここで足踏みをしていてもどうしようもない。
小さく息を吐いて町の中心部へと歩き出すセフィの後ろを少し遅れる形で追った。
入った瞬間、店内が緊張感に包まれたのがわかった。同時に俺に注がれるのは忌々しいものを見るような目だ。
「本当に暴れてないんだよね?」
「……暴れてなくても、どこから来たかわからない浮浪者にも近い人間が酔いどれで居座ったら警戒する」
横に並ぶセフィがこっそりと問いかけてきたので、的確な回答を返す。
やはりわかっていなかったのか、セフィは完全に雰囲気にのまれたようだった。
気後れしたように店内を見回してから、意を決して足を踏み出した。突っ立って俺を睨みつけている店員の元へと歩みより、口を開いた。
「あの、こちらで食事すること、できますか?」
「悪いけど、お断りよ」
予想できた返答だった。
店員の表情には『まさか戻ってくるとは思わなかった』という嫌悪感が露骨に表れている。
セフィの言うとおり何もしていなかったが、まあ、そういうことなのだろう。
「えっと……」
「彼女だけでも何か食べさせてもらえないか」
口ごもるセフィに加勢するわけではないが、そう俺が告げればざわざわしていた店内が水を打ったように静まり返った。
セフィは困ったように店内を見回しているが、この中で食事をするというのは居心地が悪すぎるかもしれないなと、そんな考えに至る。
「だからお断りよ、今すぐ出て行って」
そう冷たく言い放たれれば、これ以上粘ることもできない。
何も言わず店の外に出た。
「行いって大事だね」
「……」
当たり前のことを呟くセフィに返す言葉もなく、何となく空を見上げた。
あの時は何もかもがどうでもよかったから深く考えることもなく酔いつぶれることだけを考えて――。
「本当に何を考えていたんだか……」
「若気の至りってこと?」
新しい何かを発見したようなキラキラした目を俺に向けて来るセフィには目は向けまい。
「若気の至りは男の勲章なんだって。だからそこまで委縮する必要はないはず」
「そんな都合のいい話――ちなみに誰から聞いた?」
「昔、うちの父が熱弁振るってたよ」
「その父親の話は全部嘘だと認識を変えた方がいい」
いつまでも店先に突っ立っていたら営業妨害になりかねない。
どちらともなく足を踏み出して向かうのは街の出口だ。
「そんなに世の中甘くないよね、やっぱ」
あっさりと父親の妄言であることを認め、セフィは小さく息を吐いた。
「どんなに人間性に問題があっても父親だから。少しは信じなきゃって思ってたけど……。こうも出まかせばっかだと……」
そもそも娘にそこまで言われる父親というのもどうなんだ。
そしてそんな内容であってもセフィの口調は相変わらず軽いし、表情は明るい。
「私、あんまり父の期待に応えられてなかったから、ちょっとは信じたいんだけど、信じさせてくれない」
「期待?」
「あ、うん。お父さんが教えてくれた剣術、中途半端にしか身についてない」
「中途半端?」
達人とまでは言わないが、かなり自分の物として習得しているように見える。
聞き返すと、セフィは少しだけ表情を曇らせた。
「父は、ものすごく強いし、全然追い付けない。本格的に教わったわけじゃないってのもあるけど。全然お父さんの満足するレベルには達してないんだろうなって思う」
「ああ」
その気持ちは何となくわかるような気がする。
俺も父が英雄と称され、最強と名高い剣士だった。
その背中を追って必死になっていたが、今でも追いつけたとは思っていない。
「長身だったり筋肉質だったり、身体能力が秀でていたら話は違ったんだろうけど」
あっけらんとした様子でセフィは言葉を紡いでいる。
さきほど現れた憂いのようなものは消えていた。
だが、恐らく幼いころから葛藤を抱えていたことはわかる。
伸ばしても手に掴めないそれに、それでも手を伸ばし続けるのは思う以上につらい。
「残念ながらどっちもなくて、がっかりさせてたのかなって」
「どうだろうな。少しでも受け継いでくれる娘がいて良かったと思っているのかもしれない」
「どうだろうね?」
「師匠がそうだった」
師匠は口は悪いが、あの大魔王でもある娘が師事して剣術を学んでいることを喜んでいた。あの道場を継ごうとしている娘を応援していた。例え自分の持つ全てを引き継げなくても、その気持ちだけは嬉しいとぽつりとこぼしていたことがあった。
つまりそういうことなんだろう。




