4-インターバル 楽しみはわかちあいましょう
目の前にいきなり扉がそびえたち、「開けて」と訴えてきたら、どうするのが正解だと思う?
同い年の子たちよりも少し変わっていると自覚があるわたしは、実をいうとものすごくワクワクした。
ここを開けたら、わたしの知らない世界が広がっている。
そんな予感があったから。
だけど、知らない世界を最初に楽しむのがわたし一人じゃ勿体ない。
入り組んだ地下通路の中なんて、他の誰かが訪れることもないだろう。
だから、踵を返した。
楽しいのはやっぱり好きな人と楽しみたい。
出直そう。
ただ、問題なのは、その楽しみたい人が不在ということなんだよねえ。
「何してんだ、レミー。邪魔」
お父さんの道場にてごろごろしながらどうしようかと策を練っていたらお父さんに苦情を言われてしまった。
お姉ちゃんと違ってわたしはあんまり運動神経がよくない。
だからかお父さんはわたしには剣や刀といった武器をさわらせようとはしなかった。ここにいること自体が珍しいのだ。
「だって、ケインもお姉ちゃんもいないんだもん!」
相変わらず兄であるケインは『外』に出稼ぎに行ったまま、お姉ちゃんはここ一月ほどはインターンで職場体験に行ってしまっていてほとんど家にいない。
「ケインはいつもだろ。セフィはインターンだったかぁ? どこ行ってんだあいつは?」
「インフラ」
「はっ、一番ブラックなとこだ」
やっぱそういう認識だよね。どうしてそんな職場を希望したのかわかんないや。
お姉ちゃんは一見おっとりしていてのんびりっぽく見えるけど、実際はそんなに穏やかじゃない。
逆境ほど燃えるタイプで困難に自らの身を投じる感じ。
とはいえ、面倒臭い人ってわけでもなくて、ちゃんと人の意見は聞き入れる人。なにより妹であるわたしにはとことん甘い。
けど、たまに頑固であきらめが悪いというか、無理やり意志を貫きとおそうとすることがある。
欠点があっても、ううん、欠点があるからこそ、愛すべき姉なんだよね。
だから楽しみを共有するのはお姉ちゃんとがいい、というのがわたしの希望なんだけど、そのお姉ちゃんが全然家に帰ってこないってどういうことよ!
「ブラックって。もうここ四日ぐらい帰宅してないんだよ。インターン生にそこまでやらせるって、どうなってんの、労働環境」
「ま、激務だしなあ。あちこち故障も激しきゃ、なあんか異常検知も多いんだよなあ。使える人材なら当たり前みたいに倒れるまで酷使しなきゃ回らないんだ、あそこは」
なんてひどい。
でも間違いなくお姉ちゃんが燃えそうなところだ。そんな環境で黙々と働き続けているのがその証拠。
「なんでお母さんが勧めてた『医療』を選ばなかったんだろうね?」
と、責めるような口調で言ってお父さんを睨みつける。
わかっているのだ。お姉ちゃんが非人間的とも言える働きをしている原因の一端はこの父。
労働が義務付けられているこの地下都市でその義務を果たしていないのがこの父だ。
昔はケインと同じように『斥候』として『外』で出稼ぎをしていたけど、好き放題やり過ぎて呼び戻され、強制的に転職させられたんだとか。
その後はちょろっとだけ働いて勝手に引退を決めてこの小さい道場主になってみたいな流れ。
お姉ちゃんはこのお父さんの身勝手さの責任を取らされてるってケインは冗談半分に言ってたけど、信憑性、あるんじゃない?
「知るかよ。好きでやってるだろ、あの感じ」
「でもこの間帰って来たときには目が死にかけてたんだよ」
ホント誰のせいなんだろうね?
「それでも辞めないなら、ほっとけ。それよか、いつまでもここでごろごろしてないで帰って勉強しろよ。もうすぐだろ、定期考査」
「うるさいな。ちゃんとやってるよ!」
お父さんには言われたくないな。
ふと、手を伸ばして念じてみると、道場の壁に飾られていた一振りの刀がふわりと浮かび上がってわたしの手の中に飛んできた。
重!
ずしっと手にのしかかる重みに顔をしかめて両手でそれを掴んで持ち上げる。
お父さんの大事な刀なんだけど、何となくわたし自身がこの刀と共鳴しているというか、通じ合っているような気がしてしょうがない。
今もお姉ちゃんに会えない寂しさをこの刀も感じているような気がして、傷をなめ合うかのようにぎゅっと抱きしめる。
「おいおい、何してんだ! 危ないだろ! あと力の無駄遣いすんな!」
「わたしの気持ちをわかってくれるのはこの子だけ。お姉ちゃんが帰って来ないのは寂しいよね?」
お父さんはわたしに刀を手放すように言ってくるけれど絶対に離すつもりはない。
なんていうかさ、刀に意志はないのは確かなんだけど、感情みたいなのあるんだよね。
この刀、今はお父さんの物ってことになってるけど、持ち主をお姉ちゃんだと認識してるっぽい? 主の手に収まりたい、という感情めいたものが伝わってくる。
やっぱり不思議な刀だなあ。いつかお姉ちゃんの手に渡るといいよね、と刀を抱く腕に力を込めて願ってあげる。
私とこの刀はいつか力を合わせなきゃならない日がくる、そんな予感があった。
おじさんより若い女の子が好きってなんか嫌らしい感じがするんだけどな。
あ、性別はないんだ。
この刀を手にしていると、わたしが持っているこの奇妙な力が増しているのがわかる。
本当になんなんだろうな、この感覚。
「きちんと勉強して、そんな無茶な労働ができないような体制にすりゃいいだろうよ」
「ごもっとも」
正論を言ってお父さんはわたしの腕の中から強引に刀を奪い取った。
ああ! と刀とわたしそれぞれが同時に悲痛な声にならない声をあげる。急に心細くなる。独りぼっちになったような感覚。
「それが『行政』を志すお前にできることだろうが、レミー」
「そうなんだけど……」
ケインは元々あんまり家にいないけど、お姉ちゃんが不在なのって今まで経験したことがなかった。だから寂しくて仕方ないのだ。多分。
年齢が一つしか違わないお姉ちゃんは姉妹よりも友達ような感覚で、お姉ちゃんがいない生活には絶対に慣れないと断言する。
ケイン? そっちは全然家に居ないから居たらラッキーぐらいの感じ。
「ほら、もう、帰れ」
「ええ!」
その刀が今の孤独を癒してくれる唯一の存在なのにぃ!
お父さんに無理やり道場から追い出されて鍵までかけられてしまう。
「 寂しい思いをしている娘に対する同情とかそういう親心は!?」
ドアの向こうからは何のリアクションもない。
追い出したら無視かい!
もう、そんなんだからお母さんに家を追い出されちゃうんだよ! わかってんの、お父さん!
実の娘にこんな仕打ちするなんて。絶対あの不思議な扉の存在はお父さんに教えてなんかあげないもん。
やっぱり最初に新しい世界に触れるのはお姉ちゃんと二人で、かな。
ケインが帰ってきたら誘ってあげてもいいけど、多分そんなに都合よくは帰ってきてくれないもんな。ホント、寂しい。
セフィお姉ちゃんも先日の様子を見る限りだいぶ疲れてたけど、気分転換にって誘ったらきっとあの地下通路散策も付き合ってくれるだろうし。
あの不思議な扉にも興味を抱いてくれるに違いない。
ふふっとこらえきれず笑いが漏れた。
その日がいつになるかは今はまだわからないけれど、ものすごく待ち遠しい。
足取り軽く自宅への道のりを辿る。
今日のところは帰って勉強しよう。お父さんの言うとおり、労働環境の改善、これ、研究テーマにいいな。先生に相談してみようっと。
まずは半月後に迫った定期試験でそこそこの順位をキープしないと。
目指すのは勿論一番!
負けん気の強さだけはわたしもお姉ちゃんには負けない。
一番を取って、めいっぱい褒めてもらおう!
でもって、あの扉、開けてみよう!
今から、その日が楽しみだ。




