4-27 すごい人
「ヒューさ――ヒュー、あなたはすごい人だと思うよ。強いだけじゃなくて、ちゃんと優しいから」
ふと食べている手を止めて、セフィが思いついたかのように言ったその言葉に、息が止まるかと思った。
それは、――思い出したくない、過去だ。
『あなたは優しい人だから』
<虫>の中で、会ってしまったからだろうか。思い浮かんだのは鮮明な面影だ。
柔らかい笑顔で、何度も繰り返し、俺に言い聞かせるように言っていた、ミルドレットの顔だ。
今は忘れていたのに。
「優しい自分を苦しい過去で塗りつぶさないでほしい」
「……何を?」
「そういう風に見えたから。優しい人って、ケインも言っていたから私たち兄妹からの言葉。それで思い出したくない過去をを上書きしちゃえばどうかなって思って」
上書き。彼女の言葉を、別の記憶に塗り替えるということか。
「大事にとっておきたいならちゃんと言って。もう二度と言わない」
「忘れたいから、いい。次に会えた時に、また書き換えればいいだけだ」
次に会える時に、一体どんな関係に転がっているかわからないけれど。
全部終わってから、時間を遡ってから、またやり直せるのだろうか。やり直したいと思うのだろうか。
「……うん」
セフィは頷いて、食事を続けた。
ありがたいことにそれ以上何も言ってこなかった。
宿泊施設に戻って、セフィを部屋の外に待たせ、部屋の中に置いておいた例の刀を持ってくる。
セフィに手渡せば、彼女はそれを受け取って鞘に入ったまま片手で振るった。
「はい。これはヒューに預けるね」
セフィが振るったそれは刀だったはず。俺に差し出しているのは長剣だ。
一体何が起こったんだ? とじっとセフィの手の中にあるそれを見ていたら、しびれを切らせたかのようにセフィは強引に剣を俺の手に押し付けてきた。
「ある程度自由に形を変えることができるの」
「形を変える?」
「刃物なら多分包丁とかにもできると思うけど、ちょっとそれは挑戦するのも憚れるかな」
受け取ったそれを両手で持って構えて角度を変えて観察してみる。
長さは俺の持つ剣と寸分も変わっていないようだ。重量も軽すぎず、重すぎず丁度いい。形状が刀の時と重量も質感も違うのがわかる。
見た目が変わっただけではない。まるっきり別物に変わっている。
「どうなってるんだ?」
「それの持ち主は、父じゃなくて私に移っているみたいだから、また形を変えたければ言ってね」
「そんなに簡単に変えられるのか……」
<虫>に対抗するための武器の本物か。これが。
「だからいずれは、正面からヒューに挑んで勝って取り返すから、そのつもりで」
「……」
口調も表情も冗談というわけではなさそうだ。
勝つのか。俺に? また挑んでくると?
負けて大泣きしていたのに。
思い出したら可笑しかった。堪えきれず思わず吹き出してしまった。
「何で笑うの?」
きょとんとした様子で首を傾げるセフィを見ているとますます可笑しくて、笑いを堪えるのも限界を迎えた。
「は、腹がいたい……!」
「そんなに笑うようなこと言ったっけ!?」
「どうやって、勝つ、つもりなんだ?」
「あ、馬鹿にしてる?」
馬鹿にはしていない。
ただ、挑んでくるその姿勢が愉快だった。それだけだ。
この娘を普通の娘と変わらないなんて言ったら、普通の娘に失礼ではないだろうか。
どこからこんな発想がでてくるのだろう。
「鬼神みたいなヒューも所詮は人だから、絶対に何百回に一度はエラーを起こす。それを誘発すれば……って聞いてる?」
「そんなに頑張るのか」
「当たり前でしょ! それぐらいやらなきゃ絶対に勝てないし! 笑ってないでよ! 私は本気なんだからね!」
笑うな、と言われたら余計笑いが止まらなくなるのは必至なのだろう。
こんなに笑ったのはどれぐらいぶりだ。何だかすっきりしたような気がする。
「何回泣かすことになるのか」
「も、もう泣かない! 絶対泣かないんだから!」
そうやって、<虫>を消滅させるために、俺とセフィは協力し合うことになった。
お互いの願いを叶えるために。




