4-26 チーム
「セフィ」
色々と考えを巡らせながらも彼女の名前を呼びかけてみる。
「はい」
「……ケインは、すごいよな」
思い浮かんだそれをただ口にすれば、セフィは意表を突かれたように一瞬ぽかんとしたように気が抜けた顔つきになったが、すぐに神妙な顔つきに戻って頷いた。
「……はい」
「<虫>を宿主になりかけていた人間を止めたんだ。ああやって<虫>を増やし始めたらもう斬るしか選択肢はないと思ってた」
ルカヤが<虫>の宿主になりかけてしまったあの時、まだだと最後まで諦めなかったのはケインだ。結果ルカヤは<虫>に打ち勝った。多分ケイン本人は「それしかできなかったから」とでも言うのだろうが。
一つの可能性の提示だった。人が<虫>を振り切ることができる、という可能性だ。そしてそれは希望でもあるように思う。
「ルカヤもイリーも二人とも助けることができた。だからあいつはすごい」
手が届く範囲だけ。それすらも守ることができなかった俺に対してケインは確実に守ったんだ。もっと誇ってもいい。
それは普通にやりたくてもやりきれない。
「……自慢の兄だから」
強ばっていた頬を少しだけ緩め小さくセフィは言った。
「――なんて言ったら、たぶん本人は嫌がるんじゃないかと」
「そうだな」
嫌そうに顔を引きつらせ曖昧に笑みを浮かべるケインの表情がすぐに思い浮かぶ。
ケインのグラスに目を向けるセフィに、ケインはこの妹もちゃんと守りきったんだな、とそう思った。
本当にすごい奴だ。俺もケインにささげたグラスに目をやった。
「でも、ヒューさんだって」
呟くように言って、突然セフィは俺へと視線を向けた。
生命力のあふれた生き生きとして目にたじろいでしまったのは一瞬だ。
「あの<虫>に取り込まれた状態から抜け出してきたのはすごいと思います!」
つい先刻までは以前までの少しだけぼんやりとした印象を引きずっていたが、それが一気に消え失せキラキラとした目を向けて来るセフィには違和感に近い物を覚えてしまう。
そんな顔を向けられるような人間じゃない、とさりげなく視線をケインのグラスに向けることで何とか逸らす。直視することができない。
後ろめたさのような、どうにも尊敬に眼差しにも近いそれを直視するのは難しかった。
「必死だったからだ。俺は大したことは何も――」
「ヒューさんが大したことないなんて、絶対ありえません!」
強い口調で俺の言葉にかぶせるように否定してくるセフィを何とか見やれば真剣な顔でじっと俺を見ているのがわかった。
居心地が悪い。この真っ直ぐな視線は、やはり落ち着かない。
「ケインとは違う意味ですごい人です。大したことないなんて、自分で自分を否定しないでください」
「できないことばかりなんだ」
失ってばかりだ。手が届く場所にあったのに、救えなかった。そんなことの繰り返しだ。繰り返して全てを失って、今ここにいる。
だがそれはセフィ相手に言うべきではないとわかっていた。つい出てしまった弱音は、それ以上口にしないようにと慌てて飲み込む。
情けなくてたまらなくなるから。
「簡単あしらわれた相手にそう言われると複雑でしかないんですけど」
「……俺には剣しかないから」
セフィから見れば、そういうことになるのか。だが、そこまで気は回せない。
俺にあるものは一つだ。幼少期からはそれだけは誇れるようになりたいと思っていた。それも今は誰にも負けないとは言いづらい。それがとても歯がゆいしやりきれない。それが自業自得だとはわかっている。
「私だってそうですよ。父から教わった刀術しかないんです、今は」
「……は?」
「なんでそんな顔するんですか?」
そんな顔というのは、呆気にとられたような顔、だろうか。
何を言いだすんだ、と思ってしまった。恐らく間抜けな顔になっているのだろう。セフィも不可解だと言わんばかりの表情である。
「それだけじゃないだろ、絶対」
フィルツでは家に帰るのが当たり前になるぐらいに、餌付けされていた自覚がある。
ディノが城勤めを勧誘するぐらいだ誇ってもいい。
それに、意志の強さも、あと気遣いなんかも、セフィにあるものだ。
自覚がないのか?
「その言葉、そっくりそのまま返しますよ」
俺の考えていることがわかったのか、セフィは挑発的な口調でそう言い放つとすぐに表情を崩した。
くすくすと小さく笑って、自分のグラスを手に取るとストローを咥えた。
何だかおちょくられているような気分だ。だが、悪い気はしない。
「セフィ」
「はい」
呼びかければ、彼女はグラスをテーブルに戻し姿勢を正して再び俺を見た。
今度はそこまで居心地の悪さを感じない。
「チームを組まないか」
「チーム?」
「俺たちの目的は同じだ。<虫>を消滅させるために互いに協力し合わないか」
セフィが逃げたのは、<虫>と関わることで俺もケインのようにいなくなってしまうことを恐れたからだ。
一人でも成し遂げるという強い意思は彼女のすごい所だ。
ただ、己の力不足もわかっているのだろう。迷っているのか言葉に詰まっているのがそれを証明しているように思う。
「効率を重視した方がいい。俺は、剣が扱える。宿主ごと<虫>を斬ることに躊躇いはない。斬れるのか、本当に」
「き、斬り、ます。必要ならば」
「そうやって躊躇えば命はないぞ」
脅しではない。事実そうだ。あっという間に<虫>は増殖する。気付けば囲い込まれ貪り食われるのだろう。
「……怖いんです。怖くてたまらないんです。目の前でいなくなってしまうの、は、怖い」
「俺は<虫>から這い出てきた。そう簡単には死なない」
「不死身だって言ってたケインは、あんなにあっけなく死にました!」
そうだった。不死身だって言ってたな、あいつは。
感情的になったことに大声をだしてから気づいたのか、セフィは小さく詫びて俯いてしまった。
ケインが適当なことを言うから、とあいつを責めることもできないが。
「話すらできないほどあっという間にいなくなってしまうんです。みんな簡単に消えてしまう」
「じゃあ、俺が死ぬまで、俺を利用すればいい」
「そんなこと――」
「言ったのはセフィだ。『手段だって選ばない』」
「それは――そうです、けど」
わかっていたが中々に強情だ。少しは揺れているようだが、受け入れようとはしない。
「面倒な姉」だとレミーが言っていた意味がわかった。たしかに頑固だ、これは。
「そんなに簡単に消えてたまるか」
はっと、セフィは顔を上げて俺を見た。
本音だった。簡単に消えると彼女は言うが、決めつけるなという気持ちが強い。
ここまで生きながらえたのだ。簡単に死んでたまるか、だ。
「……対等で、いいんですか?」
少し受け入れる気になったようだ。
おずおずと口にした質問に頷いて応える。二人のチームでリーダーも何もないだろうと思う。
「だから敬語もいらない。呼び捨てでもいい」
「……本気ですか?」
<虫>の中では一切躊躇いなく敬語を取っ払っていたが、信じられないと言いたげな口調で確認を入れて来るのはなぜなのか。
気にする必要はない、と一度頷く。
「わかりま――わかった。よろしくお願いします」
ようやくか。承諾して頭を下げるセフィに内心ため息を漏らす。少女一人説得するのがこんなに大変だとは。
やっと終わった。安堵のため息だった。
やって来た料理を前に祈りを捧げるセフィを見やってもう一度嘆息した。疲れた。振り回されるのは一人で十分だったのに。




