4-25 敬意と追悼と
「どうぞ」
と、給仕係が俺とセフィの間にグラスを三つ置いて去っていた。
三つのうちストローを挿してあるグラスをセフィの前に置いて、残った二つのうち一つを俺が貰い、最後の一つはセフィと俺の間に残しておく。
飲み物は希望を聞かずに勝手に注文したが、よかったのだろうか。
若干の不安を覚えながらも、貰ったグラスを持ち上げて、セフィと俺の間に置いたグラスに軽く当てた。
「ケインに」
俺の言葉に、ケインのための飲み物だとセフィも理解したようだった。はっとしたように自分のグラスを持ち上げてケインのグラスにこつんとぶつける。
そのまま彼女がストローに口を付けるのを見てから、俺もグラスに口を付けた。
「おいしい」
思わずだろう、驚きが混じった声をあげるセフィに内心安堵を覚えながらも、もう一口酒を喉に流し込む。
自分の声に恥じたように再び項垂れるセフィの様子は可笑しいが、笑うのは失礼だと意識して無表情を保つ。
ジュースで機嫌がよくなるのは、やはり少しだけ子どもっぽい。
「……良かった」
「あ、ありがとう、ござい、ます」
そう言ってから、美味しいと喜んでくれてよかった、なのか、機嫌がよくなってよかったなのか自分でもわからなくなった。まあ好きなようにとってくれればいいかとすぐに思い直す。
セフィも何だかのろのろとお礼を口にしているので適当に頷いておいた。
疲労からなのか、今までの状態を引きずっているのかはわからないが、彼女はどこかまだぼんやりしているように見える。
「ケインは、お酒、弱いんです」
何から切り出したらよいのか、思考を巡らせていれば、唐突にセフィがそんなことを口にした。
視線はケイン用のグラスに注がれている。一応アルコール度数が少なめで口当たりの良い物を注文したつもりだった。
セフィの言うとおり、ケインが酒にあまり強くないことを知っていたからこその注文だ。
「知ってる。見ていればわかる」
「そうですか」
飲み方が上手いのだろう。飲んでいるふりをしているが量はあまり飲んでいない。
俺が滅茶苦茶な飲み方をしていた時ベロベロに酔っぱらっている姿を見たが、この量でここまでなるものかと少しばかり驚いたのだ。
飲むのは嫌いではなかったようだが。
なぜか俺のその返しが嬉しかったのか、セフィは少し表情を緩めている。
「一回家で前後不覚になるぐらい酔っぱらって母に怒られたんです。それで飲み方を覚えたって言っていました」
当時のことを思い出しているのだろうか、視線を上にやってセフィは小さく笑いをこぼした。
こうやって屈託なく笑うと違和感を覚えてしまうのは仕方ないのだろう。今までのセフィは常にぼんやりしていて、感情を表に出すことなどなかったからだ。
笑えているということは、喜ばしいことなのだろうか。
「私が飲めるようになったら上手な飲み方を教えてやるからってよく言ってました」
小さく笑って、不意にセフィの顔が強張ったのがわかった。
「ケインは、もう、いないんですね」
思い出したのか。
つい、忘れてしまうのか、その感覚もなんとなく理解できるような気がする。
突然ひょっこりと現れそうなそういう感覚なのだろう。
「みんな、いなくなってしまったんですね」
冷めたような口調で、セフィはそう続け、グラスをテーブルの上にそっと戻した。
そして俺の方にその真っ直ぐな視線を向け、目を見開いた。すぐにその表情に罪悪感めいたものが浮かんだ。
気づけばセフィは深く頭を下げていた。
「ごめんなさい……」
出てきたのは謝罪の言葉だった。
顔を上げたセフィの視線はやはり真っ直ぐに俺を見る。
「知っている人が、これ以上いなくなってしまうの、嫌、だった、んです」
その目にじわりと涙がにじんでいく。それが煩わしいといわんばかりにセフィは歯を食いしばりこぼれ落ちかけた涙を両手の甲で振り払って、さらに続ける。
「ケインみたいに死、んじゃったら、って思ったら、怖くて、こんなの、これ以上付き合わせては、駄目なんだって!」
なるほど。
やや意味不明だった逃走の真意が分かった気がした。
これ以上失いたくなかった、と。<虫>から遠ざかれば死ぬことはないと思ったのか。
短絡的だが、その心情を推し量るのは容易だ。
一人で<虫>に立ち向かうなど、どう考えても険しい道でしかない。その道を敢えて選びとるほど、失うことを恐れているのか。
同情半分、呆れ半分だ。
判断力が甘いとはさきほど刃を交えた時にわかっていたが。
俺に謝罪を口にしたということはようやく俺の状況に目を向けることができたと考えていいのだろうか。
感情を込めずにセフィを見据えれば、彼女は一切目を逸らすことなくその視線を受け止めている。
気丈なのか、ただの怖いもの知らずなのか。
細切れに呼吸を繰り返し、セフィは一度大きく息を吸った。
普通の娘かと思えば、気丈な面も、逆に脆い面もある。
どうしたもんか、というのが本音だ。
<虫>を殲滅させるために、ベストなのはこの娘と協力すること。それはわかっている。
どうすればこの娘は、それに同意してくれるのか。
失くない、という怯えから、どう救い上げたらいいものか。
こちらを見る澄んだ目を直視するのは、正直つらい。




