4-24 同じ境遇だからこそ
しばらく見下ろしていたが、セフィは起きる気配すらない。
仕方ない、と小さく吐息を漏らし彼女を担ぎ上げて下に置かれていた刀も回収しておく。
思った以上に体力が限界に近いことにここで気づいた。セフィを抱えたまま長時間の移動は不可能だ。
休むか、と昨日同じ宿へと移動することにした。
酒場の方の受付で手続きを済ませ、二つある部屋の奥の部屋へ入りセフィをベッドに転がす。
砂埃まみれだが、年頃の娘に触れるわけにもいかないからそのままだ。
持っていた刀は少しだけ迷ったがそのまま持っておくことにした。部屋に置いておいたらまた逃走されそうだ。とりあえず質として預かっておく。
昨夜からの怒涛の勢いでいろいろありすぎた。体を休めたほうがよさそうだ。
部屋を移動して俺もベッドに転がる。目を閉じればそのまま意識が遠のいていった。
気配に目が覚めた。
辺りは闇に包まれている。日が沈むまで寝ていたようだ。
音をたてないように起き上がり扉へと近づく。
気配はドアの外のものだ。廊下を移動して、通路の突き当りにある共同水道へと向かうのがわかった。
水を出しているその音に紛れるよう扉を開け素早く廊下へと滑り込んだ。
セフィだ。
こちらに背を向けて顔を洗い、水を止めて今度は壁に掛けられた鏡をのぞき込んでいる。
気配に気づいたのか、はっとなったようにこちらへと振り向いた。
……まずいな。また泣いている様子にたじろいでしまう。泣いている子どもを宥める方法なんか知らない。
「あ、ちが、負けたことが、悔しいからじゃ、なくって……」
セフィも焦っているようで慌ててそんな言い訳めいた言葉を口にしている。泣くのは本意ではないのか。
このままここでその言い訳を全て聞いてもいいが、この暗い場所でそれを聞くにはいささか精神的に疲れすぎている。
「自覚、して、しまったら、みんないないって、考えてしまったら、止まら、なくて」
「……腹、空いていないか」
「は……?」
朝から飲まず食わずだった。セフィも同じはず、そう思って言い訳のような言葉を紡いでいるセフィを遮るように問いかけてやる。
「食べられそうにない」と言われれば、別を考えようととりあえず聞いてみれば、泣きそうだった目を瞬かせてセフィはわずかに首を傾げた。
「お腹?……すいてます、けど……」
「じゃあ食べながら話すか」
空腹だというのならば話は早い。
先に腹を満たしておけば、少しは落ち着くだろう。いや、落ち着いてほしい、という希望か。
昨晩食事をしたあの酒場まで移動することにした。
宿泊施設となっている建物を出れば外はすっかり夜の帳が下りている。曇っていて今日は昨日のように星が見えない。
道の先に見える酒場は窓から明かりが漏れ、かすかに賑わいが空気を伝って聞こえてくる。まだそこまで遅い時間ではなさそうだった。
幸い席は空いていた。
一般的なテーブル席が空いていなかったため、昨夜と異なり横並びの席だ。横に並んだセフィは落ち着かないようで、挙動不審にならない程度に辺りを見回しているのがわかる。物珍しいのかその目にあるのは好奇の色だ。
「食べられそうものは?」
メニューを差し出して尋ねてみれば、それを受けとってセフィはじっとメニューを見下ろした。
おつまみのような軽くつまめる物も用意されているからあまり食欲がなくても何かしら食べられそうなものを言ってもらえればいい。
「ニジマスの蒸し焼き、を」
思ったよりしっかりとした食事を選んだので驚いた。
蒸し野菜あたりを頼むかと予想していたから余計に。
「? どうかしましたか?」
「あ、いや、野菜じゃないのかと」
「野菜? あ、ああ! ケインが!」
そうだケインがセフィの食事にと頼むものが野菜ばかりだったから、セフィが肉や魚を好まないのかと思い込んでいたのだと思い当たった。
「あ、あれは、その、ちょっと事情があって! 一時期野菜ばかり食べていた時期があって、それを見ていたケインが誤解してたんだと思うんです」
野菜ばかり食べる時期というのは、若い娘の間で流行っている習慣なのか?
それは動揺するようなことなんだろうか。いまいち理解ができずセフィの様子を窺えばセフィは小さく息を吐いて項垂れた。
「……ありていにいえば、げ、減量なんです! 見事に失敗しました。だから触れないでください。お願いします!」
「あ、ああ、わかった」
そういう、あれか。
捨て鉢のように本人は暴露をしてきたが、恐らく触れてはいけない話だ。聞かなかったことにしておく。
仕切り直すように、セフィに待っているように告げ、立ち上がり厨房の方へと歩み寄った。
厨房前のカウンターの中にいた給仕係に注文を伝え席へと戻る。
大人しく席に座っているセフィはやはり疲労からか少しだけぼんやりしているようにも見えた。だが、醸し出されている雰囲気は刺々しいものだ。触れたら以前のように小刀が飛び出してきそうなほどに。
「待たせた、大丈夫か」
まだ子どもという括りに入れてもいいのだろう。盛り場の雰囲気に馴染めなくて当然だ。
どこか緊張が抜けきらない様子のセフィは俺を見て、あからさまにほっとしたような様子だった。
こうやって改めで見てみると、先ほどの言動も鑑みて本当にどこにでもいるような普通の娘と変わらないように思う。普通の娘、と言い切るにはいささか意思力が強すぎるが。
「……多分」
曖昧な言葉を返して、セフィは視線を俺からそらして前方に向ける。
張りつめた空気を解かないのは、彼女の現況からいえば当然と言えた。誰もいなくなってしまった。生まれ育った場所も、戻る場所ももうない。独りぼっちだ。
俺も同じ状況だから、心情は似たようなものだと想像する。




