4-23 真剣勝負
さすがに乗合馬車乗り場でやりあうつもりもなく、一度町から出て街道から少し外れた開けた場所までセフィを連れて移動した。
無言で後ろを付いてくるセフィは緊張しているのか、背後から伝わってくるのは重苦しい雰囲気だ。
「真剣でいいのか」
「はい」
セフィが頷いたのを見て、剣を抜き構えると、セフィは手に持っていた刀を地面に置き、懐からいつもの小刀を取り出した。
そちらを使うのか。長さからいえば圧倒的に不利だろうに、わざわざ小刀を選んだのは何か考えがあるのかもしれない。
警戒を解かずに彼女を見やれば鞘から刃を抜き放ち静かに構えたところだった。
いい顔つきをしていると正直に思った。
構えも自然で気負うものがない。
力を抜くべきところは抜いている、そんな感じだ。やはり真っ直ぐだ。彼女の気質がそういうものなんだろう。
部下か後輩に欲しいかもしれない。鍛え甲斐がありそうだ。
そんなことを考えながらも、セフィの出方を待つ。
今までの彼女の剣捌きから、攻めるよりも向かってくる打撃を捌く方に重点を置いた剣だと推察していたがどうなんだろうか。
一歩踏み込んだセフィは、俺の剣に向かって小刀を振り下ろしてくる。想像していたよりも速い。
弾き返す暇も与えずに、剣と小刀の反動の軌道をわずかにそらして真横に斬りつけてくる。
危うげなくその一撃は弾き返し、そのまま真正面からセフィに向かって剣を振り下ろしてみる。
避けられることは想定済みだ。
もう一度剣を振り上げ左斜め下に向かって振り下ろす。これも軽く避けられる。当たるとは思っていなかったが。
小刀で受け流そうとしないのは体力を考えて、か。いい判断だ。
さらにセフィが間合いを詰めて、小刀を向けてくる。首元狙いか、と剣ではじき返す。
勢いを落とさず次は足元を狙った一撃。難なく弾く。
狙いはいい。一太刀でも当たれば致命傷、少なくとも動きが悪くなる急所を確実に狙ってきている。
ただ、目線が先に目標を追っていしまっているのは未熟さ故か。
セフィは一度大きく息を吸って、再度大きく間合いを詰めた。
真っ直ぐに目に向かって刃を向けている、が、甘い。
俺も間合いを詰め、セフィの利き腕を掴むと刃の向きを強制的に変え、そのまま掴んだ手首をひねりながらセフィを地面に転がした。
見事に受け身を取って転がり、転がった勢いでセフィは立ち上がった。
いい身のこなしだと思わず感心してしまう。
そろそろこちらからいくか。
単調な動きだが、セフィに向かって剣を振るい追い詰めていく。
まずは体力を削ろう。
動きひとつ見ても無駄のない動きであることがわかる。
なるべく体力を消耗しないセフィにあった戦い方だ。それが明白に身についている。
悪くない。
俺が振るった刃をセフィは大きく後方に跳躍することで躱した。
間合いが大きく開き、セフィがため息のように小さく息を吐いたのがわかった。
「これで、本調子じゃないとか……」
息とともに、そんな小さな呟きを漏らしたのも耳に届いた。何だか呆れたような口調なのは単なる独り言なのか、俺を挑発するつもりなのか。その真意は掴みかねる。
泣き言にも皮肉にも聞こえるそれをこれ以上は声に出す余裕も与えないほど徹底的に叩き潰すのみ。
足で地面を擦るように前進し、セフィに向かって剣を振り下ろす。
急激に距離を詰められ焦ったのか、わかりやすく焦りを表情に出しつつ、セフィは振り下ろされる刃を避けずに手の小刀で受け止めた。
刃が重なった一瞬でセフィは手にした小刀の角度を変え、剣の表面をなぞるように移動させたかと思えば、そのまま俺の肩を目掛けて小刀を突き出してきた。
先ほどから感じているとおり、これも狙いは悪くない。
ただ、焦りが出ていたせいか踏み込みが悪かったせいで、突き出しのスピードが遅い。半歩引くことで容易に小刀の一撃を躱す。
冷静に繰り出されていたら一撃くらっていただろう。動きはいいのに、勿体ない。
色々惜しいと感じるのは実戦経験が乏しいからだろう。
判断が遅かったり、平常心を保てなかったり、と、新兵のようだ。技術は優れているのに心が追い付いていない。そんな感じか。
分析しつつも、次々と剣を振るう。当たるとは思っていない。身のこなしもたいしたものだ。
少しだけ慢心があったのか、振るった剣が突然小刀で受け止められ一瞬反応が遅れた。弾かせようと力を込めたが吸い込まれるようにかすかに沈む。
まるで絡めとられたかのように。
セフィを見れば薄く笑みを浮かべていた。
——表情に出すのは甘いな。
恐らく視覚と手ごたえを利用したトリックのような技だろう。
絡めとったと錯覚をさせて隙を突く。そんなところか。一瞬で判断を下し、沈みかけた剣を無理やり振り上げ、横に凪ぐようにしてセフィの首元に切っ先を突きつけた。
勝負あり、だ。
こちらを睨み付けているセフィの目はやはり生命力に満ちあふれていて、その若さが羨ましくもある。
「すごいな、今の。気付かなければ完全に持っていかれていた」
何と声をかけたらいいか少しだけ迷い、思ったことをそのまま口にすることにする。
セフィが顔に出さなければ、わけがわからないままやられていたかもしれない。
彼女は少しだけ眉をひそめて、それでも俺を睨みつけるのをやめずに口を開いた。
「悔しいです」
そう、低い声で言ってくる。
こういう負けん気の強さはいい。鍛えればもっと伸びるのはこういうタイプだ。
この娘も、実戦経験を積ませればもっと強くなりそうだ。多分面白いことになりそう――とまあこんなことを考えていることを知られたら、様々な方面から批難されそうだ。
「あきらかに手を抜かれて、それでも勝てなくて」
いや、手は抜いてない、と抗議しようとした。が、確かに躱すだろうと想定して剣を振るっていたのは手加減になるのか。
何よりもこの雰囲気は何かがまずい気がする。
本能的に感じ取り、その感覚がどこからくるのかと辺りを窺っていれば、ぽろっとセフィが涙をこぼした。
「なのに感心されて!」
まずい。泣かせた。そんなつもりはなかった! は言い訳にしかならないか。
焦る俺をあざ笑うがごとく、セフィは顔を覆って本格的に泣き出してしまう。
これは、どうしたら、いい?
「セフィ?」
聞こえていないのだろう。嗚咽をこらえることなく泣いている様子は小さな子どものようだった。
これは、慰めるべき、か?
どうやって?
狼狽えてる間にもセフィはその場にしゃがみ込み、泣き続けていたが、そのうち大人しくなった。
泣かれているのも居心地が悪く、静かになられても不気味でしかない。
恐る恐る様子を窺うようにセフィに歩みよれば、どうやら寝入っているようだった。
「一体どうしろと……」
勝負には勝ったが、本気でどうすればいいのかがわからない。
心底困り果てて、ため息を漏らすことしかできなかった。




