4-21 這い出た後
狭いところから這い出すような格好で、裂け目から外へと抜け出た。
地面に飛びこむような形で倒れ込み、仰向けに転がる。
完全に上がってしまった息を整えから、ようやく目を開いた。
「……ヒュー、さん! 大丈夫、ですか?」
俺の体の横に膝を付き、必死に呼びかけているのは、セフィだ。
肩の上で斬り揃ったベージュ色の髪、こちらを覗き込んでいる茶色の目。
<虫>の中に入った時と一緒のようで、違うのは、その目がぼんやりしたものではなく、活力にあふれている澄んだ目だ。中にいたセフィと同じ。
「出たんだな、外」
「はい!」
「見つかったのか、身体……」
激しい倦怠感にみまわれ体を起こすこともままならない。
「はい。見つかり、ました」
「……悪い。レミーを連れて来れなかった」
「レミーとは少しだけ、会話ができたんです。力の使い方を教えてくれて――でも、そうなんですね。レミーはもう」
どこか違和感があった。何が、と問う前にセフィの言葉遣いだとわかる。先ほどまでのセフィは遠慮がなかった。中にいた時のままでいい、言おうとした瞬間、それに気づいた。
「セフィ、くるぞ!」
「はい」
セフィも感づいたのか、立ち上がると手にした刀を素早く構えた。
同時に俺が出てきた裂け目から、勢いよく<虫>が飛び出すと辺り一面に大きく広がった。
こんなに大量に出て来る、のか。体を起こそうとするが動かない。
「大丈夫です。任せてください」
静かな声音でセフィは言うと、両手で刀を持ったまま目を閉じた。
彼女の周りにいつものように光の輪が浮かび上がる。
空一面に広がった<虫>が少しずつ一ヶ所に集まっていくのがわかった。セフィの力だ。
そして、ある程度の塊になったところで、目を開きセフィは駆ける。
刀を振り上げ、<虫>に向かって真っすぐに振り下ろす。
刃が触れた場所から<虫>は消滅していく。ほどなくして全てが消え去った。
出口だった裂け目もきれいさっぱり消え失せている。
「おわった」
セフィは小さくこぼすと慌てて俺に駆け寄ってきた。再度地面に膝をついてざっと俺の全身を見て小さく息を吐く。
「腕、治ってますね」
「レミーが治してくれた」
「……よかった」
脱力したように俺の体の上にひれ伏すような形になったので驚いたがセフィはそのまま動こうとしない。
また寝落ちか、と思ったがそうではないようだった。小刻みに震える肩が見える。時折しゃくりあげるように小さくびくっと動く。――泣いているようだ。
「よかった!よかった! よかった! 本当に、よかっ……たぁ……!」
視界にあるのは満天の星空だ。飲み込まれたあの瞬間に戻ってきたのか。
体を起こすことはできないが、腕は動かすことができる。俺の胸元に顔を押し付けて泣きじゃくるセフィの頭をそっと撫でた。
「セフィ」
呼びかければ、弾かれたようにセフィは顔を上げて俺を真っ直ぐに見た。
涙にぬれた頬と、赤くなった目元。その目はもうぼんやりしたものじゃない。
「ありがとう」
感謝の意を伝えれば、彼女は何度も大きく首を横に振った。袖口で頬を伝う涙を乱暴に拭いながらも口を開く。
「お礼を言うのは私の方、です。やっぱり、たくさん迷惑かけて、ました」
彼女の頭から手を離し、上半身を起こそうとするがやはり力が入らない。
俺のその様子に気づいたのかセフィがさっと俺の首の下に腕を入れ、素早く体を起こしてくれた。
「情けないことに体が動かない」
「休めば、一晩ぐっすり眠れば回復します。大丈夫です!」
セフィに力強く言われれば、本当に大丈夫なような気がするから、不思議だ。
そうか、大丈夫なのか。何だか今日はしっかり眠れそうな気がする。
肉体精神共にボロボロだ。今はまだ頭の中がはっきりしていないが、鮮明になったらたくさん傷つくようなことを言われたし、言ってしまったような気がする。
今はだた休みたい。
「移動しますか?」
「立てそうにないから無理だな」
首を横に振っているうちに、セフィは俺の腕を自分の肩に回し、立ち上がる。
体格が違うのに持ち上げてしまうなんて凄い力だ。
足に力は――入る。何とかバランスをとって自分の足で立つ。
「……支えるので、移動しましょう」
「ああ、頼む」
宿である建物は目と鼻の先だ。素直にお願いすることにした。
あれだけ色々あったのにまだ体力が残っているのか。若さ、だろうか。
「ありがとうございました」
俺の体を支えて足を踏み出しながらもセフィは言う。
「色々と」
「別にいい。お互い様だろうし」
俺も助けられてきた。色々と。
宿に着いて部屋に入ってベッドに寝るところまでセフィは手助けしてくれた。
着替えも、と言ったがそれはさすがに固辞しておく。
「おやすみなさい」
と、部屋を出ていくセフィを見送って、扉が閉まるのを確認するよりも前に目を閉じた。
疲れ切っていたせいか、そのまま眠りに落ちた。
気づけば朝だ。
思っていた以上によく寝てしまった。
体は動いた。上半身を起こして、次は立ち上がってみる。問題なく立ち上がることができた。
腕も手も指も自分の意志で動かせることを確認して、今度は肩を回し、枕元に一枚紙が置かれていることに気づいた。
小さいメモ用紙のような紙には文字が書かれている。
「お世話になりました。どうかお元気で セフィ」
書かれていた文字を読み上げて、固まった。
……なんだと?
紙を裏返してみる。裏には何も書かれていない。
やはり、一文だけだ。
俺が寝ている間に部屋に忍び込んでこれを置いて行ったということか? いくら寝入っていたといえ誰かが部屋に侵入してきたら気づきそうなものだが、疲れ切っていたせいか。
ベッドにどすんと音を立てて腰を下ろす。
落ち着け。
女に逃げられるのは初めてじゃない。前回の反省をいかすべきだ。
「何を考えているんだ……」
意味がわからなかった。
まず冷静になって考えたのはそれだ。
世間知らずの娘が一人、どこに行けるというのだろう。
衝動に身を任せる様に頭をかきむしる。
反省を生かすのならば、追いかけるのならばなるべく早く、だ。
立ち上がり、身の回りを整え、俺は部屋から飛び出した。




